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141-遠藤さんのニウエ辞典

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10年の想いを日本に伝える

遠藤さんのニウエ辞典

佐久間 瑛子(一橋大学学生)

                                            

  『ニウエ語=英語=日本語辞典』。このような本が日本に存在しようとは誰が思ったことだろうか。全国の大学図書館の蔵書検索で本書を発見したとき、私は翻訳者の遠藤澄さんのことを調べずにはいられなかった。ニウエ語の辞書を和訳するに至ったのはどのような人物なのか。なぜそして何が彼を執筆へと掻き立てたのだろうか。その意外な答えは、検索するとすぐに見つかった。岩手県盛岡市の松園新聞のオンラインアーカイブに2011年7月1日付けで、ニウエ辞典出版当時の取材記事が残されていたのだ。その場で問い合わせ先に指定されていた電話番号に連絡をしたのが、遠藤澄さん(82)とのご縁であった。
 1992年、ウェーン・タンゲランギというニウエの青年を盛岡市東松園の自宅にホームステイとして受け入れたのが全ての始まりだった。同年の暮れに1975年の自治政府樹立以来、首相を務めてきたロバート・レックス氏が死去。世界情勢が不安定であった1993年初頭、ウェーンからの手紙にあった「ニウエは現在Political Revolution(政治革命)の最中。来国の価値あり」という文面を読み、元軍国少年であった遠藤さんは戦争であると理解し、太平洋戦争に参加できなかった無念を晴らすべく渡島を決意。ニウエを訪れることとなった。しかし当のニウエは平和と静寂そのもの。戦争とは、ウェーンも立候補していた選挙戦のことだったのだ。
 当初の意気込みとは打って変わって平穏な滞在中に、遠藤さんは2代目首相に就任したフランク・ルイ氏の娘のシャロン嬢にJ.M. McEwen著のNiue Dictionaryを贈られる。この出会いが後に10年越しの取り組みを経て、600ページに達する「NIUE DICTIONARY ニウエ語=英語=日本語辞典」として誕生する契機となった。遠藤さんはこう語る。英語が公用語の大部分を占める一方、ニウエ語が消えゆく言語であることに危機感を覚え、日本の同胞に知ってもらいたいという想いで翻訳にあたり、自費出版するに至ったと。
 遠藤さんは他にも『ニウエィ百餘話』の執筆や、ニウエの神話集の和訳なども行われ、現在は『日本語=ニウエ語辞典』の出版に向けて活動されている。この様な強い情熱をこれほど一途に燃やし続けることができるエネルギッシュな人は果たしてどれほどいるのだろうか。何でもすぐに結果を求めたがるファストな「現代の若者世代の私はつくづく思う。このようなかっこよさこそ、いつの時代にも目標と仰ぎ、追い求めるべきロールモデルではないかと。(さくま えいこ)

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