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138-ラツー・テヴィタ・マラ前司令官の行動と主張

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ラツー・テヴィタ・マラ前司令官の行動と主張
-国外逃亡と反政府・民主化キャンペーン-

苫小牧駒澤大学 東   裕 (ひがし ゆたか)


1.ラツー・テヴィタ・マラ前司令官の行動

 2011年5月9日、フィジー国軍第三歩兵大隊(3FIR)司令官ラツー・テヴィタ・ウルイラケンバ・マラ(Ratu Tevita Uluilakeba Mara)中佐は、フィジー諸島のカンダヴ(Kadavu)にあるワシントン岬の北西1カイリで、トンガ海軍巡視艇「サヴェア」(Savea)によって「救助」された。
 当日、同司令官をリゾートホテルの小舟に乗せ、海岸から沖合に停泊中の釣り船に運んだカンダヴ(Kadavu)のナンギギア・アイランド・リゾート(Nagigia Island Resort)の従業員(36)によれば、5月9日の午前9時頃、ラツー・テビタとヨーロッパ系の男に、ホテルから沖合に停泊中の釣り船まで舟を出すよう依頼された。2人は釣りに行くということで、別段変わった様子もなかった。従業員は、2人を釣り船に運んでホテルに戻った。釣り船は3時間ほど沖合に見えていたが、その後、姿を消した。この従業員は、ラツー・テヴィタ・マラ司令官が、トンガ海軍の船に乗り込みトンガに逃亡したことをニュースで知り、驚いたという。当日、何隻かの釣り船が沖合に出ていて、ふだんは見かけない軍の巡視艇が目撃されている。
 ラツー・テヴィタ・マラ前司令官は、滞在先のトンガでテレビ・ニュージーランド(TVNZ)のインタビューに答えて、釣りの最中にトラブルが発生し、遭難信号を発信したところ、トンガ海軍巡視艇に救助されたと説明した。しかし、当時マラ司令官と釣り船に同乗した人物や釣り船でトンガ海軍の巡視艇を目撃した人々から事情を聴取したフィジー警察の情報をもとに、フィジー陸軍のモセセ・チコイトンガ(Mosese Tikoitoga)司令官は、フィジー放送(Fiji Broadcasting Corporation)のインタビューに対し、ワシントン岬でトンガ海軍の巡視艇に救助されたとき、マラ前司令官が釣りをしていたという説明は信じられないと語った。
 ラツー・テヴィタ・マラ前司令官は、フィジー首相および大統領を歴任した故ラツー・カミセセ・マラの次男で、ラツー・テヴィタ(Ratu Tevita)というよりも、ロコ・ウルイ(Roko Ului)の名で知られる。 2006年2月3日、フィジー国軍で第4位の地位にある3FIR司令官に任命された。また、ラツー・エペリ・ナイラティカウ(Ratu Epeli Nailatikau)大統領の妻アディ・コイラ・マラ・ナイラティカウ(Adi Koila Mara Nailatikau)は姉。前司令官は、昨年、反政府的言動による扇動罪で訴追されていたが保釈中で、5月4日に法廷に出頭した後、パスポートの提出を命じられたが、これを怠り、5月6日には警察に報告を求められていた。
 スバ地方裁判所(Suva Magistrates Court)は、5月16日午前、逃亡者ラツー・テヴィタ・ウルイラケンバ・マラ前司令官の逮捕状を発行した。逮捕容疑は、保釈条件違反で、サマンブラ警察署への報告義務の懈怠、および2000フィジードル(1128米ドル)の保釈金の未納。検事局は、トンガ政府に対し前司令官の身柄引き渡しを要請したが、結局トンガ政府はこれに応じなかった。
 ラツー・テヴィタ・マラ前司令官は、縁戚関係にあるトンガ王室の庇護の下にトンガに滞在し、バイニマラマ政権に対する批判を展開した。5月20日のラジオ・オーストラリアの番組(Radio Australia’s Pacific Beat program)の中では、バイニマラマ首相は2014年の選挙実施を公約しているが何の準備もしていない、首都スバ近郊の軍の兵舎(Queen Elizabeth military barracks)では政治犯に対する虐待が行われている等の発言を繰り広げ、オーストラリアとニュージーランドは、バイニマラマ政権に対し、より強力な制裁措置を科すべきだと訴えた。また、こうした発言の様子は、ユーチューブ(You Tube)にもアップされた。

 そのため、トンガとフィジーの関係に緊張が高まった。ラツー・テヴィタ前司令官は、バイニマラマ政権の中核的人物であるカイユウム法務総裁(Attorney General Aiyaz Sayed-Khaiyum)が司法権に干渉するため、公正な裁判が受けられないとして、フィジーへの帰国を望まないと語り、トンガを出国し、オーストラリアに渡った。6月にはキャンベラで開催されたフィジー民主化運動の集会で反政府・民主化の演説を行った。また、これまでバイニマラマ首相と激しい非難の応酬を繰り広げてきたサモアのトゥイラエパ首相ともキャンベラで会見しフィジー民主化への支援を要請するなど、反バイニマラマ政府・民主化運動を活発に展開している。

2.ラツー・テヴィタ・マラ前司令官の主張

 ラツー・テヴィタ・マラ前司令官は、トンガ逃亡以降、フィジー国民に向けて何度かメッセージを出している。その内容については、インターネット上で確認できるものもあり、また演説の様子をユーチューブで見ることもできる。ここでは、そのうち比較的最近の7月16日にシドニーで開催された民主化団体の集会(Rally for Democracy in Fiji)でのメッセージを取り上げ、その内容を要約して紹介する。

 個人ならびに国々にとって、個人の自由、個人の諸権利、および法の前の平等と法の支配ほど貴重なものはない。ところが、2006年12月のバイニマラマ国軍司令官による、選挙で選ばれたガラセ政権の放逐という軍事クーデタ以来、5年間のバイニマラマ政権下で残酷な抑圧行為が行われてきた。しかし、日々の検閲により真実が隠蔽され、国民には知らされてこなかった。私自身は軍の幹部として、命令に従い、2006年のクーデタに関与したことを後悔するようになった。今はフィジー軍を離れ、フィジーに居住していない。罪滅ぼしとして、現在の私の使命は、①フィジーで起きていることの真実を世界の政府と人々に伝えること、②フィジ
ーに民主主義と法の支配を回復させるために皆さんの支援を求めることである。

[法の支配に関する真実]
 どの国にあっても、法の支配は、自由、権利、法の前の平等、経済的・社会的公正の基礎をなすものであり、最高法規としての憲法が個人の基本的な権利と自由を守り保障する。ところが、現在フィジーに憲法は存在しない。2009年の控訴裁判所の判決は、2006年の軍事クーデタを違法とし、その後の軍事政権およびその下で行われた政府の行為を違法と判断した。これに対し、違法体制の首相であるバイニマラマとその共謀者であるカイユウム法務総裁は、判決を無視し、1997年憲法を破棄した。そのため、現在フィジーには憲法がなく、バイニマラマとカイユウムは、2人の個人的な法をフィジーに適用することを企てた。カイユウムは、違法体制の権力保持を強化する法を計画した。彼はそれらの法をバイニマラマに是認させ、次々と違法な法を命令(Decree)として官報で公布している。もはやフィジーには憲法もなく、人々の権利もない状況にある。こうして、結社の自由が抑圧され、「メディア令」(Media Decree)による検閲によって報道の自由が侵害され、市民の基本的権利および自由は、違法な「公共緊急規制」(Public Emergency Regulations : PER)によって侵害されている。

 また、2006年12月に議会が解散され、そのまま選挙が行われない状態が5年間に及んでいる。2014年に公約通り選挙が実施されるとすれば、現政権が約8年間も選挙の洗礼を受けずに政権の座を占め続けることになる。しかし、2014年に総選挙を実施するという公約自体、実行されるかどうかきわめて疑わしい。このように、現在のフィジーには民主政治を担保する議会がなく、民主主義がない状態が続いている。>

[フィジー経済の真実]
 人が生きていくためには、衣・食・住が必要で、法のみで生きていくことはできない。そのためには、強い経済と雇用の確保が不可欠である。2006年のクーデタの時点では、経済状況は最善でなかったかもしれないが、経済成長率は良好であった。ところが、2007年以降フィジー経済は下降線を辿り、2007年に0.5%、2008年に0.1%、そして2009年には約3%の成長率の低下を記録し、2010年もこの傾向が継続したとみられる。国の債務は、腐敗と不正と行政管理の誤りの結果、国内総生産(GDP)の74%に達している。国家財政は、フィジー国家将来基金(Fiji National Provident Fund : FNPF)から資金供給がなされているが、この基金が深刻な財政危機に瀕し、公務員退職者の年金が大幅にカットされ1万人を超える受給者が影響を受けるとみられている。貿易は、2009年、2010年と輸出が減少し、輸入がほぼ倍増した。とりわけ、国家経済の柱である砂糖産業が麻痺状態にあり、その再建のためにEUが7500万米ドルの支援の手を差し伸べようとしているが、公共緊急規制の解除、メディア令と検閲の廃止、法の支配の回復、および合理的な期間内での選挙の実施という支援条件の受け入れを、違法体制は3年以上にわたり拒否し続けている。経済状況の悪化とともに、近年失業率が最高水準にある。もう一つの悲劇は、収入と物価のギャップの拡大である。フィジードルの20%切り下げと関税の引き上げにより、輸入品価格が上昇しているが、給与や賃金は据え置かれたままである。経済状況の悪化、高い失業率および急激な物価上昇があいまって、貧困が拡大している。2010年4月のフィジー・タイムズ紙の報道では、人口の約45%が貧困水準にあり、同年のインフレ率は10.3%に達している。EUだけでなく、アメリカ、イギリス、オーストラリア、およびニュージーランドが、フィジーへの経済援助を停止している。

 このような状況にありながら、違法体制の首相とカイユウム法務総裁は、いずれもオーストラリア首相、ニュージーランド首相、およびアメリカ大統領の年俸を上回る70万ドルの年俸を得ているのだ。

[解決策]

 フィジーが抱える以上の問題の解決策は、民主主義の回復である。それには、フィジーの違法体制を打倒することであり、これが第一歩であり、それ以外の方法はない。そのために、私は、オーストラリアで主要なグループや組織と話し合いを重ね、今後、ニュージーランド、南太平洋諸国、イギリス、そしてアメリカと足を伸ばす予定である。国連、EU、およびアムネスティ・インターナショナルを含む国際機関を訪問し、意見交換を行うつもりである。違法体制によって生み出されたフィジーの衰退を国際社会に訴える目的は、それによって国際的および国内的圧力を高め、違法体制を崩壊に追い込むことにある。すでにキャンベラにある多くの在外公館の人々と議論し、メルボルンではフィジーの状況に強い関心を寄せている労働組合(ACTU)とも意見交換を行った。6月15日にジュネーブで開催された国連人権会議では、オーストラリア代表とニュージーランド代表が、それぞれフィジーにおける人権状況に関心を寄せ、市民の人権を守るための手段を講じるべきだと発言している。私は、今後、諸外国の人権団体や民主主主義運動を展開しているグループ・組織・個人を訪問し、フィジーへの圧力をいっそう強化させるつもりである。

[ロードマップ]
 違法体制を崩壊させた後、次の10段階の方策をとる。これは、キャンベラにある「フィジー民主化運動」(The Movement for Democracy in Fiji)と議論して練り上げ、合意したものである。
 ①公共緊急規制の解除
 ②言論の自由の回復と検閲の即時停止
 ③1997年憲法の復活
 ④2012年の選挙実施に向けた文民による選挙管理首相および選挙管理内閣の設置
 ⑤周辺諸国との完全な外交関係の回復、ならびに太平洋フォーラムおよびコモンウエルスにおけるフィジーの資格停止処分の解除
 ⑥「真実と和解委員会」(Truth and Reconciliation Commission)の設置
 ⑦民主的で「良い統治」を備えた諸制度および組織の回復
 ⑧大酋長会議の国家事項における適正な位置付けと再設置
 ⑨司法権の公正と独立に対する国民の信頼の回復

 ⑩文民事項からの軍の撤退および整然たる軍務への復帰促進

 私の目標は、様々な民主化グループ、組織、個人、在外公館および諸機関の協力を得て、第一歩である違法体制の除去を実現することである。フィジーにおける抑圧的かつ破滅的な状況は一人種に対するものではなく、すべての人種に及ぶものである。第一歩であり、共通の目標である違法体制の除去に向けて、われわれすべてが協働しなければならない。

3.若干のコメント

 このたびのラツー・テヴィタ・マラ前司令官のトンガ逃亡については、その状況から見て国内外、とりわけ国外の協力者の存在が窺える。トンガは言うに及ばず、あっさりと入国を許可したオーストラリア、それに同調する姿勢を見せているニュージーランドの対応は、そのことを露骨に物語っているようにみえる。ラツー・テヴィタ前司令官による、バイニマラマ政権への批判の数々については、検証が必要とおもわれる事実も散見されるが、概ね的を射たものである。しかし、近年のフィジー状況を知る者にとっては、取り立てて目新しい事実があるわけでもない。
 今後、前司令官の国際的なフィジー民主化キャンペーンによって、これまで以上にフィジーに対する外圧が高まり、それに呼応するように国内での民主化運動が高まりを見せ、バイニマラマ政権の崩壊に繋がるのであろうか。かれこれ20年近くフィジー政治を観察してきた筆者からすれば、安易な予測は禁物である。今回の事件に限らず、フィジーでは他の太平洋島嶼諸国と異なり、予想外の政治的事件がしばしば引き起こされるからであり、その背後に軍の存在がつきまとっている。海外の観察者にとってフィジー軍内部の状況を知ることはおよそ不可能である。しかも軍の中の少数者の行動によって大きな政治変動が引き起こされてきたこともある。ここに予測の困難さの原因の一つがある。
 ラツー・テヴィタ・マラ前司令官は、自身も2006年のクーデタに関与し、父である故ラツー・カミセセ・マラの思想の継承者でもあることを自認している。その点から考えると、フィジーにおける民族の相違を越えた国民統合を指向しているバイニマラマ首相の思想と近い位置にあると考えられる。バイニマラマ首相を独裁者(Dictator)と非難しながらも、バイニマラマ首相はカイユウム法務総裁の「操り人形」(puppet)だと揶揄していることから、現政権批判の焦点はカイユウム法務総裁にあるとおもわれる。そうなると、バイニマラマ政権内部の権力闘争の一環として、今回の逃亡劇が発生したとも見える。
 バイニマラマ政権が示したロードマップでは、2013年に新憲法の公布の後、2014年の選挙実施が謳われている。これに対し、ラツー・テヴィタ前司令官のロードマップでは、1997年憲法の復活と2012年の選挙実施が掲げられている点に着目したい。このことは、1997年憲法に定める選挙制度で総選挙を実施することを意味するからだ。この選挙制度こそ、フィジー系政党とインド系政党の二極化を促進し、国民統合にふさわしくないことは、これまでの選挙の経験で実証されている。そのため、選挙制度改革がバイニマラマ政権の憲法改革の最大の焦点の一つになることは間違いないのである。
 したがって、選挙制度改革なしに選挙を実施することは、とうていバイニマラマ政権にとって受け入れられるものではない。一方で、フィジー経済が悪化し、国内で民主化運動が高まり、バイニマラマ政権への軍の支持が失われたとき、またしても「不測の事態」が発生することも危惧される。バイニマラマ政権が真の国民統合と経済発展を目指す開明的開発独裁政権であるならば、これまでのロードマップの実施状況とロードマップの前倒し実施をも含めた今後の実施計画を明確に提示し、国民の支持と国際社会の理解を得ることが求められよう。

 わが国としては、域内諸国のフィジー民主化への圧力に安易に同調することなく、強化の一途をたどる中国とフィジーの関係を睨みながら、これまでのフィジー政治の変動の歴史に学び、今後の政治経済動向の推移を注視しつつ、現実的かつ実行可能な民主化プロセスを見極め支援していくことこそ、フィジーおよびわが国の国益にかなう政策であると考えられる。

注:
 7月16日の演説については、次のサイト参照。その他については、太平洋諸島情報のフィジーの記事を参照。
http://www.scoop.co.nz/stories/WO1107/S00443/ratu-tevita-mara-at-rally-for-democracy-in-fiji-in-sydney.htm

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