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133-トンガ経済と海外送金

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トンガ経済と海外送金

研究員  長戸結未(ながと ゆみ)


 注1:通貨単位は、米ドルを単にドル・$・US$、トンガドルをパアンガ・T$ と表記している。
 注2:「million」を「miln」と略して使用する。


はじめに
 太平洋唯一の王国トンガは、国家規模こそ小さいものの王室や政府関係者が親日として知られ、日本との外交関係にも深い歴史がある。日本も1972年から青年海外協力隊を派遣し、80年代から輸出農産品としてのかぼちゃ開発や水産部門で協力してきた。
 トンガ王国は1875年に憲法を制定し、太平洋地域で唯一植民地化を逃れた国でもある。今日まで日本だけでなくオーストラリア、ニュージーランド、EU や国際機関からの援助も受けているが、現在は国際援助に加え海外移住者からの送金に著しく依存する経済と近代化による伝統生活の変化が顕著になっている。貿易は著しい入超傾向で、国民の食文化さえ伝統的なイモ類と魚類からパン、マトンやコーンビーフのような輸入食品へと変容してきている。
国際農業開発基金のデータによると、2006年、トンガに流入した海外送金総額は1億4600万ドル。人口が約10万人であるため、単純計算すると一人あたりの受領額は年間1460ドルとなる。2007年のGDPは2億1900万ドルであり、極小国のトンガにとって海外からの送金がいかに重要部分を占めているか理解されるだろう。
 私は平成20年7月上旬から8月中旬までトンガに滞在し、経済および社会の実態調査を行った。トンガの一般家庭にホームステイし、生存経済と貨幣経済が相克する日常生活、伝統文化に見られる近代文化的要素、国民が抱く国家や将来に対する不安などを目の当たりにした。そこで、極小島嶼社会で進む近代化や送金依存型の経済構造は、トンガ社会に大きな変化や混乱を招いていると感じた。
本論では、トンガの海外送金に関してその歴史的背景、現在の国民生活における経済的役割、主要送金源となっている人口層、国家経済政策との関わりを探った。これがトンガ経済と社会の現況、さらには将来への展望を見通すツールとなると思われるからだ。また極小島嶼国の諸事情を浮き彫りにするため、社会学や経済学といったいちディシプリンからの見方に拘わらず、トンガ王国全体を構成する複数分野にわたる複合的観点から理解するように努めた。
 近年、国際テロや環境問題が俎上に載せられるなか、国際社会での日本の役割が特に期待されている。そのため日本外交の戦略性や効果が求められ、日本にとって重要な地域にある太平洋島嶼諸国の支持を得ることも大きな意味を持つ。そのためには、太平洋島嶼諸国の実態と動向を正確に把握する必要があるにもかからず、日本国内において島嶼諸国経済のある種特徴とも言える海外からの送金経済を正面から論じる記述は決して多くなかった。それゆえ、この報告が太平洋島嶼国を正しく認識するための一助となることを望んでいる。

 なお、今回の現地調査は国内全人口の7割が集中しているトンガタプ島に限られたが、直接調査できなかった島々については統計、その他文書資料を使用することで、トンガ全体の把握に努めた。だが本論では諸島間の格差やそれに伴う諸問題を検討するには至らず、その点は今後の課題としたい。

1. トンガ経済

 トンガ経済は島嶼国としての極小性、狭隘性、辺境性に加え、著しい入超とそれを賄うための莫大な海外からの送金で特徴付けられる。人口約10万人、国土約747平方キロメートルのトンガにおける2006年のGDPは、2億2300万ドルだった(表1参照)。また、同年の海外送金総額が1億4600万ドル、輸出総額が900万ドル、輸入総額が1億1500万ドル、財政援助は500万ドルであった。今日、トンガの日常生活にはオーストラリア・ニュージーランドや中国からの輸入品が多く見られるが、送金総額は輸入総額よりも多い。同時に、送金総額が税収などの政府歳入6200万ドルの二倍以上となり、海外からの送金がGDPに大きな影響を与えていると分かる。

表1:トンガのGDP,輸出入、歳出入 1190年~2006年(US$)

 表2の国際収支表を見ると、収入では経常私的移転額が、支出では輸入額が突出している。この経常私的移転収入は同銀行の年次レポートで発表されている流入送金額(表6参照)と一致する。また、現地調査中にインタビューした同銀行のリサーチマネージャーも経常私的移転収入が送金受領額だと言っていたことからすれば、これが銀行経由で流入した送金総額と見て良いだろう。ならば、やはり海外からの送金額は膨大で、それだけでも貿易赤字を解決するほどである。さらに、送金は資本収支の黒字額の3倍以上にもなるのだから、まさにトンガ経済に不可欠な存在になっている。送金の影響が経済だけにとどまらず、政治、伝統文化や社会の変容とも関係しているという理由がこれで理解されるだろう。

表2:2006-07年の国際収支(T$ million)

 一方トンガに限らず、多くの極小島嶼国で人口圧力が緊要な経済問題となっている。トンガの場合も1950年から年間約2000人増加し続けたことは統計から明らかだが、海外移住が本格的に始まったとされる1970年以降は年間約400人程度の増加に留まっている。自然増加とほぼ同数の人々が海外へ移住し、国内人口増加率を抑えることで人口圧力を軽減してきたのである。政府は、歳出の大半を費やし国民に教育や医療を無料で提供している。これが高い初等教育の就学率と国民の健康維持に貢献し、英語力や基礎体力面で海外での単純労働にも適する人材を作り上げてきた。結果的に海外移住者からの送金は拡大し、国民も送金依存型の生活を営むため、増加する海外送金が国内総生産の穏やかな伸びへと繋がる経済構造となっている。
 本論では送金の定義を「国外で得た収入をトンガ国内で消費するために金融機関や人的移動を利用し家族や親族に金銭を送ること、またその金銭」とする。つまり、具体的には海外移住者からの送金や出稼ぎによる報酬などである。その他にも、家族への航空券の贈与など実質的にトンガ経済に大きな影響を与えるものの流入もある。

 人・モノ・情報の移動がますます常態化する国際社会において、海外移住者からの送金が受領者の生活を支え国家経済を膨張させるケースは、太平洋島嶼国に限らず多くの途上国で見られる現象である。しかし実際は送金記録資料の不備、送金方法の多様性、送金に類似した取引などがあり、送金の実態を正確に捉えるのは難しい。こうした状況はトンガでも同様で、本論も政府、国際機関、研究機関やメディアなど限られた資料からの追究となった。

2. 送金の背景

 第二次世界大戦後、世界の各国が国家として独立を果たしていくなかその波動は1960年代から太平洋地域にも訪れ、島嶼国の伝統的社会構造とは異質な近代国家形成が進められた。トンガにおいても国際社会との間に人・モノ・情報の流動が盛んとなり、伝統的な自給自足経済とは異なる貨幣経済が出現したのである。にもかかわらず天然資源を保持しない極小国家での近代的な産業開発は難しく、雇用機会は公的機関や小規模生産による不安定な賃金労働に限定されていた。トンガのGDPから見た産業構造とその推移は以下の通りだが、第二次産業が乏しく第三次産業の割合が顕著となっている。

表3:GDPに占める産業の割合(%)

 また、人口増加による国内の土地不足は1970年ごろから深刻化していった。トンガの土地法では16歳になった男子に宅地用と農耕用合わせて8エーカー(約9800坪)の土地が与えられる。しかし人口増加に伴い土地が不足し、1996年のデータでは土地が与えられる資格保有男子の約35パーセント分の土地しかない。現在では16歳になっても土地は与えられず、事実上この土地法は破綻していると言える。こうした国内の土地不足と西洋化とが相俟って、離島から賃金雇用機会の多い都市部への人の流れは止まらない。さらに都市部でも十分な仕事が見つからず、縁故を頼ったり、留学や宗教などのあらゆる糸口を見つけて海外への進出を志すようになっている。

 1960年代後半に少しずつ海外移住が始まると、移住した親族などからの送金は一過性を持つものではあるが断続的に島内経済を刺激し始め、この傾向は急速に拡大した。南太平洋の送金事情を研究するクイーンズ大学のブラウン教授らは、1970年初期には海外送金がトンガの国民生活資金に占める割合は高くなり、1980年から1985年の間に倍増していったと報告している(Brown, R. P. C., & Ahlburg, A. D., 1999年, p. 329(1))。国民は近代文化に魅了され、貨幣による消費文化は肥大化した。そのため貨幣経済は島嶼国に国際社会との統一性や互換性を与えるだけでなく、主食を芋類からパン・麺類へ、魚食から肉食へと食文化まで変容させた。つまり農漁産物に限定された輸出とは反対に、食品、燃料、衣料、建設材など生活に必要なあらゆるものが輸入され、国民生活の輸入依存度は高まる一方であった。それと並行して、海外送金総額も増加し続けた(表4参照)。

表4:トンガの送金総額推移 1971年~2006年(US$ million)

 つまり、国際社会のボーダレス化が進行して貨幣経済がトンガにも浸透すると、国内の貨幣需要も急増した。一時的にではあれ、国内の賃金労働で得られる額を遙かに超える送金が消費を刺激すると、そのときの消費水準を維持したいとの願望が昂進してゆくのは自然なことだろう。しかしながら現実には、かぼちゃや水産部門に代表される日本の産業開発協力も国民経済全体を支える産業にはなりきれず、国内の近代産業が未発達なままであった。これも極小島嶼国の条件上、必然の帰結かもしれない。結果的に、家計を構成する自給自足経済と貨幣経済のうち、前者は主食のイモ類、ココヤシ、パンの実などの栽培によって、後者は国内の僅かな賃金労働と出稼ぎや仕送りによって賄われることが一般化していった。
3. 送金の実態
 トンガ政府が2002年12月に発表した統計によると、1年間に海外送金を受け取った世帯は全世帯の約75パーセントにのぼり、1世帯あたりの年間受領平均額は約3,400パアンガ(約US$1,700)であった。その後2006年のIMF・世界銀行秋季総会でトンガ政府は、「2004年時点で約9割の世帯が海外送金を受け取り、年間平均受領額は約US$3,067」と報告している。正確なデータにはなっていないものの、ほぼ全ての世帯が最低でも海外に1人や2人の親類縁者を持っていると推定される(須藤、2007年、p. 54)。
 これは、ほぼ実態を現した推測値と思われる。その理由に、アメリカなどへの移住が60年代には始まっていたこと、出生率が死亡率を上回る率が一定であるにもかかわらずトンガ国内人口が増加していないこと、現在では国内人口を上回るといわれるほど海外のトンガ人コミュニティが拡大していることなどが挙げられる。実際に私の滞在中にも、海外にいる兄弟や親戚について誇らし気に話す人々に多く出会った。
 しかし既述の通り、送金の正確な額を把握するのは容易ではない。必ずしも銀行を経由しない送金方法の多様性、送金に類似した様々な取引、プライバシー保護などの問題があるからだ。そうした複雑な実態を反映するかのように、送金総額がGDPの何パーセントに相当する額になるのかについて、様々な数字が報告されている。例えばトンガの送金をGDPと比較しその相当額を、世界銀行は32.3パーセント(2006年)、トンガ政府は42.5パーセント(2004年)、ブラウン教授とシドニー大学のコネル教授による研究は100パーセント(2004年)だと発表している。トンガ統計局による2006年のGDP、2億2300万ドルと、国際農業開発基金が発表した同年のトンガの送金受領総額1億4600万ドルで計算すると、送金はGDPの65パーセントに相当する額となる。

 トンガではトンガ準備銀行が中央銀行の役目を果たしており、表5に示す商業銀行やトンガ開発銀行を統括している。同行は、海外からの送金受領額の推移を表6や表7の様に記録・公表しているが、この額は国際機関などが報告する送金額よりも低いのが常だ。それは、トンガ準備銀行が金融機関を通しての送金に限って送金総額を算出しているのに対し、国際機関などは手渡しのようなインフォーマルな送金方法や物的支援も「送金」換算しているためである。


表6:年間送金総額の推移 1999年~2006年

表7: 2000年1月-2008年1月までの送金総額推移表7:2000年1月から2008年1月までの送金総額推移

 送金以外の経済支援としてニュージーランド、オーストラリア、アメリカなどへの航空券を海外の親類縁者が購入するケースがある。ギフトとしての航空券は、送金データには表れない。しかし、航空運賃をトンガ国内で稼ぐのは一般国民にとって非常に困難で、海外からの支援で一人でも海外に送り出せることは、祖国で送金を待つ家族に大きな意味を持つ。従って、海外移住したトンガの人々が実際に祖国民の生活を支える度合いは、送金データなどの数字以上だと推測できる。
 太平洋地域のメディア「アイランド・ビジネス」は、同社ホームページにてトンガに流入する海外送金の約85パーセントがアメリカに住むトンガ人からであると報道した(2007年)。しかしこの報道からは何を送金とし、どの様に送金総額を割り出したかその算出根拠が示されていないので、アメリカからの送金が送金受理総額の8割以上という結果はにわかに信じがたい。

 例えばニュージーランドやオーストラリアとは往来が比較的容易で短期出稼ぎ制度も整っているため、金融機関を利用せず帰国時に外貨を持参する場合が多いはずで、この場合は海外送金としての記録は残らない。それに対しアメリカとは距離があり、渡航費用も高く滞在期間が長くなる傾向などを考慮すると、金融機関や送金会社を利用する方が多いと考えるのが合理的だろう。これなら記録に残るであろうし、送金調査にも反映しやすい。送金の全容を理解するには、このような国や地域別の事情も考慮する必要がある。

 私のトンガ滞在中、日本の高校や大学にラグビー留学させる資質のあるトンガ人学生をスカウトする日本人男性に話を聞く機会があった。彼によると、日本にラグビー留学しているトンガ人は約80人、学校側は留学生のために毎月の支給額の何割かを積み立てし、帰国時に持って帰れるようにしている。留学生でない在留トンガ人には、ラグビー選手として日本企業で活躍している者もいる。日本に在留するトンガ人は、122人(外務省、2006年)であり、アメリカやオーストラリア・ニュージーランドと比べ在留人数こそ少ないものの、彼らの送金額やその経済的影響は大きい。それは、ラグビー選手は若くとも比較的高収入になるからで、祖国へ投資として送金する額も大きくなる。投資意欲が高いのはラグビー選手という性格上、高年齢まで高収入を続けることができないからだ。
 トンガ人の友人によれば、彼らの投資パターンは2種類に分けられるという。ひとつは、トンガの伝統文化に則って親戚、友人、顔役などにモノや金を送ることである。このように良好な人間関係を持続しておくことで、帰国後に役所の重要ポストを準備してもらったり、利権への口利きなどのサポートを期待する。もうひとつは、稼いだ金を元手に起業したり会社に投資するといった、いわゆる近代事業への投資である。
 また、トンガの葬式は文化上一大行事であり、2、3週間は続く葬式のために離島だけでなく海外からも親族が集まる。そのため、親族の航空運賃や葬式資金が海外から送金され、その経済効果も大きいように思えた。その理由に、葬式にはトンガで最高級の肉とされる豚肉やその他豪勢な料理が用意されること、親族の家が葬式に家畜の豚を献上するがそれでも不足する場合は現金購入されること、葬式に海外から集まる親族が金銭や市場価値の高い家電などの近代物資を持って帰ってくることなどが挙げられる。大勢の人の食事を準備したり、教会での葬式運営には多くの人手が必要となるため、賃金労働者である家族も仕事を休む。家族一体となって死者への敬意を表するのがトンガ文化である。
 私の滞在中にも実際にホストファミリーの親族が亡くなった。母が葬式準備に参加すると、ケーキ販売の売り上げが下がり、家計に響くのではと私は心配になった。しかし実際は、葬式資金として入った送金で豪勢な食事を準備でき、食べ物は家族で共有する。結果的にケーキ販売による収入は確かに減少したが、普段では食べられないような料理が食べられる。私も実際に参列者揃っての食事に参加した。そのときの食事はアメリカでテイクアウトするときに使用されるような白くて四角い発泡スチロール製の容器に入れて一人一人に配られた。その上、やかんで注がれる温かく甘いコーヒー牛乳と透明のビニール袋に入れたパンが配られた。容器の中には、豚肉、牛肉、鶏肉、ソーセージのバーベキュー、ゆで卵、かに蒲鉾のサラダ、タロいもが入っていた。その場で食べる人と家に持ち帰って家族と共有する人が居る。トンガでは、身分や年齢が上であるほど量も多く良いものを食べるが、食べ残しを楽しみにしている子供のために残す場合もある。葬式からの食事は日本で言う家族への手土産のような役割をしていた。このような経験から、葬式のために国内での貨幣収入が減少しても送金が入るため総合的には家計を圧迫するには必ずしも至らないと分かった。
 海外で高収入に恵まれた者は従来の親族や周辺の人々への送金に加え、王族、貴族、教会や学校へ献金するというケースも珍しくない。相互扶助や利他的行為を重んじる文化では、海外移住者が祖国へ還元することは当然のことと期待され、その期待に応えることで高い社会的評価を得るからだ。村の重要な行事や学校行事などの際に献金として送金されることもある。
 また、衣料、電気器具、建設材などもトンガにコンテナ輸送されてくる。これらを国内販売して利益を得る場合は輸入業務に、また海外からの建築材などで祖国に家屋などを建設する場合は将来に備えたある種の投資のようにも見える。さらに、学費を送金し子供が海外で働けるようになると出稼ぎ者は帰国し、老後は逆に子供からの送金の恩恵を受けることを望む人もいる。
 逆に、国外のトンガ人口増加に伴い、タオバラ、キエキエ、タパやカバの儀式用品のような伝統工芸品の海外需要も増加している。そのため、トンガ国内の家族と連携し、トンガ製品を海外で販売し、その利益を送金するという輸出業務に類似した送金形態も存在する。
 海外送金や人口流出について、トンガタプ島にあり保健省の管轄であるバイオラ病院の歯科部長に話を聞いた。同部長は、トンガ人が一時帰国する動機のひとつに、海外の高額な医療費を挙げた。トンガでは国民の医療は無料であるため、海外で医療に出費する代わりにそのお金を渡航費に充当し、祖国で治療する人々が少なくないのだと言う。年に一度開催される教会の集会にも大勢が帰国し、医療サービス利用者は増加する。さらに同部長は、現状のままでは政府の負担が継続的に増えるので、いつまで医療を無料で提供できるかは不明だと話していた。
 送金方法は様々だが、銀行やウェスターン・ユニオンに代表される金融機関は広く利用されている。手数料もANZ銀行のように一回の送金につき定額を規定していたり、ウェスターン・ユニオンのように送金額によって定めていたりする。複数口座間における振込み手数料節約のため、キャッシュカードを家族に預けるなどして同一口座による入金、引き出しという対策を取っている者もいる。また送金の際にトンガの銀行を利用すると、狭隘な社会では銀行で働く人を介して親戚などに送金の事実を知られてしまうこともある。周囲に知られるとより多くの人々と富を共有せざるを得ないという文化上の不都合が生じるので、これを回避するために他国の金融機関を利用する者もいる。

トンガの銀行では、日本円も含め外貨の両替が容易に出来るため、多くの人は帰国の際に外貨のまま現金で持ち帰る。冠婚葬祭などで一時的に送金をする場合、送金側は送金額とその手数料、緊急性、アクセシビリティなどを考慮して送金業者を選択しているのであろう。なかでも、手数料は割高だがほぼ即時に送金が可能で、世界各地に支店を持つウェスターン・ユニオンは人気がある。

4. 在外トンガ人

 現在、国外で生活するトンガ人は10万人以上だと推測されている。アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアに確認されるトンガ人口(表8参照)から推定されるだけで約10万人となり、それ以外の国に住む人々、二世以降や混血層、さらに違法滞在者などを含めるとより多くなる。アメリカの移民政策研究所(Migration Policy Institute)によると、国外で暮らす全トンガ人口の4割をアメリカ、もう4割をニュージーランド、残りの2割をオーストラリアが占めている。在外トンガ人全体の94パーセントがニュージーランド、アメリカ、オーストラリアに居住しているという同研究所とほぼ同様の報告もある(McKenzie. D., Gibson. J., & Stillman. S., 2006, p.7)。また、1960年代後半の初期の海外移住者には独身が多く、帰国せず海外に定住する者も多かった。そのため近年では、国外に住むトンガ人の半数以上がトンガを出生地としていない(Lee. H., 2007, p. 158)。次に、ニュージーランド、アメリカ、オーストラリア各国に住むトンガ人について簡単に紹介する。

表8:海外のトンガ国籍の人口

A)ニュージーランド

同政府の統計によると、在留トンガ人の約80パーセントがオークランドに住んでいる(表9参照)。

表9:地域別トンガ人口の割合 (2001年)

出所:ニュージーランド政府統計 2008

 直近の先進国として交易の盛んなニュージーランドは、アメリカやオーストラリアと比較すると渡航費が安く、トンガ人にとって魅力的な出稼ぎの場となっている。同政府は太平洋島嶼諸国民にとって送金が重要であることを認識し、数ヵ月間の短期雇用制度も設けている(Ministry of Youth Development, NZ., 2007)。
 ニュージーランド政府はトンガへの送金がGDPの5割にも相当するとの認識から、送金経済の重要性を認め、メソジスト系教会と協力のもとに若者のために電気エンジニアや法律分野へ就業する道も開いた。その他、留学の際の奨学金制度も整えている。
 さらに高額な送金手数料の負担を削減するため同政府は、ニュージーランド準備銀行や司法省と連携し、送金手数料減額のためのシステム構築を計っている(Ministry of Pacific Island Affairs, NZ., 2008)。

 表10にあるように、ニュージーランドに住むトンガ人は1991年以降5年ごとに約1万人ずつ増加している。この増加傾向から推測すると、2001年に約4万人だった人口は、現在(2008年)5万人を超えているだろう。そして、彼らの多くがこの国で生まれ育っているため、二世、三世が成長する10年後、20年後にはトンガへの送金やトンガ人の伝統的価値観が変容していくかもしれない。このように、伝統的なアイデンティティや文化背景を共有しないトンガ人の出現と彼らの政治・経済的影響力の増大は、今後のトンガ王国自体や国際関係にも影響を及ぼすのではないだろうか。

表10:ニュージーランドのトンガ人口推移 1991年~2001年
NZのトンガ人口推移
出所:ニュージーランド政府統計(2008)を参考に作成

B)アメリカ
 1980年に6,200人、1990年には17,600人のトンガ人がアメリカに居住していたとの報告がある(2) 。アメリカの国勢調査局は、2000年時点で純粋なトンガ人が27,713人、他人種と混血した人々を合わせると36,840人にのぼると報告している。その後新たに国勢調査は行われていないが、過去の人口増加率から推定すると現在は5万人以上。アメリカへの移住は、ニュージーランドやオーストラリアに比べ、より高い収入が期待できるので人気が高いとブラウン教授らは報告している(Brown. P.C. R., & Jimenez. V. E., 2008, p. 9)。
 ハワイのチャーチカレッジ(宗教系教育機関)やポリネシア文化センターは、早期からトンガ人に雇用機会を与えていた。また、トンガではモルモン教の布教活動が盛んで、改宗するとアメリカへの渡航費用が補助されたため、ほとんどの早期渡米者はモルモン教の影響を受けていた。従って、トンガから最も近いハワイのほか、モルモン教の影響が強いユタ州ソルトレイクシティへの移住も多い。
 1950年代に少しずつ始まった渡米は、アメリカの移民受入れ規制が緩和された1965年以降、70年代から80年代にかけて急増し、年間海外移住率は2パーセントを超えた。そのためソルトレイクシティとハワイでトンガ人コミュニティができ、ソルトレイクシティでは1995年にナショナル・トンガン・アメリカン協会が設立された。この組織は非営利組織としてトンガ人のアメリカ市民権取得も支援している。

 2004年、ユタ州のトンガ移民について、「自立できるまでは先に移住した縁故に頼り徐々に自立していくが、彼らの職業は建設業、倉庫での組み立て業、製造業、清掃業などで、最低賃金での労働をしている」と報告されている(Hansen. M., 2004, p. 5.)。2000年の国勢調査に基づき、トンガ人の多いカリフォルニア州、ユタ州とハワイ州のトンガ人人口を示すと以下の如くである。

表11:アメリカのトンガ人

 現在、カリフォルニア州のサンフランシスコにトンガ領事館が設置されている。同州にはハワイからアメリカ本土でのチャンスを求めて移住する人が多く、トンガ人口の増加にも同様の背景があったと見られる。その他の要因は、本調査では明確にできなかった。

C)オーストラリア
 国内で最大のトンガ人人口を有する地域は、ビクトリア州とニューサウスウェールズ州(NSW)である。その他オーストラリア首都特別地域(ACT)やブリスベンにも多少のトンガ人が居住している。
 オーストラリアでは、多くのトンガ人がラグビー選手として活躍している。というのもラグビーでは、帰化せずにトンガ国籍のまま他国チームでプレイできるからだ。国家アイデンティティの強いトンガ人にとって、国籍を変えずにラグビーができるのだから魅力的な仕事なのである。また、トンガはオーストラリアの連合教会(Uniting Church)との関わりも深い。
 ニュージーランド同様、オーストラリアでも深刻な看護師不足がトンガ人への雇用機会提供に貢献している。2003年、オーストラリアに住むトンガ人看護師の祖国への送金に関してコネル教授とブラウン教授による研究が発表されている。さらにラトローブ大学のヘレン・リー教授は、「海外で生まれ育つ二世は、祖国から移住した一世と比較すると送金額が減る」と報告している。

 オーストラリアは2008年から3年間の試験的なプロジェクトとして、トンガ、ヴァヌアツ、キリバス、パプア・ニューギニアからの出稼ぎを優遇する雇用制度を設けた。同制度により、オーストラリアの農園業社が島嶼4ヵ国から2500人を雇用する。同様の制度がニュージーランドにも存在し、この2大国が島嶼諸国にとって現金収入の場となっている。これは、島嶼国内で近代雇用機会が限定されている事実を物語っていよう。

5. 自給自足経済と貨幣経済
 伝統的な自己完結生存経済の中に貨幣経済が入り込んだ経緯はこれまで述べたとおりである。そして現在は、サブシスタンス経済と貨幣経済が混在する構造になっている。そこで、キャッサバやタロなどのイモ類、椰子の実、パンの実、バナナ、スイカ、その他の野菜や果物など、食生活の大半を自給自足で賄う非貨幣経済下に暮らす人々が、どのように貨幣経済に引き込まれているかを説明してみよう。それにはまず、トンガの食文化を理解する必要がある。
 民衆の食事は、月曜日から土曜日までの粗食と日曜日の美食とに二極分化している。祭事を除いて平日は、イモ類のような自給農産物を食し、魚や肉などの動物性たんぱく質はわざわざ購入してまで摂取しない。一方日曜日は、早朝から一家総出で伝統料理「ウム」をはじめとしたご馳走作りに取りかかる。そのため多くの貨幣消費活動は、日曜日に備えて土曜日に行われる。野菜や果物を販売するヌクアロファの公営市場が、利用者の少ない普段と比べ土曜日に賑わうのはこの国の食文化ゆえである。
 そこで、海外送金により貨幣経済の浸透が深まると国民生活はどう変化するのかを記述したい。まず現金購入される食料は、日曜日のウムの食材として魚の代用品となるマトンや鶏肉に加え、コーンビーフ、鮪や他の魚の缶詰、食用油、食パン、クラッカー、バター、砂糖、スナック菓子、即席麺、コーヒー、缶ジュースなどだ。食料品以外には衣類、生活雑貨、シャンプー、石鹸、洗剤などといった日用品、アルコールやタバコのような嗜好品も現金購入される。さらに、電気・水道代、学費、農地税のような諸税、娯楽、ガソリン代、教会への献金などにも現金が必要となる。これではもはや、トンガで完全自給自足生活を送ることは難しい。
 では一般民衆は、島内でどのように貨幣収入を得ているのか。トンガでは、家庭内において男女の役割が明確に分けられている。子供の頃から女子は遊んでいて良いが、男子は7歳位になると何かと用務を任される。成長するにつれ、男子は代々継承される農業、炊事や洗濯などいわゆる外での用務を担当する。一方女子は、伝統的な内職をする。例えば、カジノキの繊維をたたき伸ばした布「タパ」や乾燥させたパンダナスの葉を同幅に裂きそれを編み込んだマットを作成する。私も見学や体験して分かったが、これには長年培われた知識や技術を要するので、子供の成長過程において伝統が継承されるのだろう。しかし近代化が進んだ今日、学業を終えた女子はサービス業等で賃金労働者となるか、余剰農産物をマーケットで販売するか、家で子育て・家事・内職を手伝うかなどしている。
 1世帯の平均人数は6人で、家族は拡大し続けるが農地は限られている。従って、伝統的には農業を受け継いでいた男子も、今日では警察や軍隊に入隊するなどし、一家の貨幣収入の獲得に貢献する。2004年に統計局は2003年における調査の結果として、行政や国防関係の職に就いている人の総数は2,591人で、その男女比は男子が1,897人、女子が693人だと報告している。
 つまり一般的に、タロいも、ヤムいも、キャッサバといった食糧を栽培するサブシスタンス・ワーカーと、諸代金を払うために精を出す賃金労働者の役割分担が、家族内で成立している。しかし、近代産業が未発達なままの極小経済では、思うように現金収入を得られない。この難関を乗り切るために即効薬の機能をするのが、まさに海外からの送金なのである。
2001年の統計によると、全体の64パーセントの世帯が農家だった。しかしこれには、首都のあるトンガタプ島とその他の島に若干の格差がある。トンガタプ島では農家の割合は54パーセントであるのに対し、ババウ、ハアパイ、エウア、ニウアスでは82パーセント。つまり、近代化が進んでいる地域ほど農家の割合が減少している。よって、一世帯における自給自足経済と貨幣経済の混在状況も、私が調査したトンガタプ島のものとは差異があると推測している。
 ここで、私のホームステイ先を、首都近郊に暮らすトンガ人世帯の一例として紹介したい。ホストファミリーの家は、首都ヌクアロファのセンター街から徒歩15分くらいの村にある。主な家族構成は、父母、父方側の祖父母、全寮制の男子校に通う長男と次男、中学生くらいの三男と四男、小学生の長女、4歳の次女、6ヵ月の三女、18歳くらいの親族の女子、家事を手伝う23歳くらいの男子であった。
 父は生業として農漁業に従事し、母は公営市場で手作りケーキを販売していた。祖父は高齢のため時折炊事を手伝うくらいで、祖母はカジノキを叩いてタパ作りなど伝統的な内職をする。そのため、父が栽培する農産物を主に一家で食す。母はバナナケーキやチョコレートケーキといった手作りケーキをひと切れ1パアンガ、ホールケーキを一つ5~7パアンガで販売する。ケーキ販売の利益以外に主要な貨幣収入源がないため、売り上げ向上を目指して勤労する日々だった。
 ケーキの販売利益で電気・水道などの定期的な支払いを済ませるのだが、これが結構大変だ。ケーキ作りの最大のコストはガス代。平日の売り上げ約250パアンガに対し、約54パアンガがガス代に費やされる。また小麦などの輸入品は、国際的価格高騰の影響を受けやすい。その上、市場価値を高めるためにビニール袋、サランラップ、スプーン、着色料、チョコレート、カスタードミックスも中国人が経営する小売店で購入する。ケーキ運搬には車とガソリンも必要。さらに公営市場とはいえ、利用する広さにより料金が課され、ケーキ販売では一日約5パアンガを支払っていた。材料の攪拌から仕上げまで全て手作りのため半日かけて一日の販売量のケーキを焼くが、利益がわずかであることは部外者の私にも明らかであった。
 作ったケーキが完売すれば良い方で、マーケットにあまり人が集まらない平日には売れ残る日もあった。数個売れ残るくらいなら身内で食べるかマーケットで親しい人々にあげて帰宅するが、10個以上など残りが多い場合はもう一つの人が集まる場所である魚市場に車で運んで売り叩いていた。車があるホストファミリーには出来たことだが、同様のケーキを同じマーケットで販売する他の2世帯は車を所有する経済的余裕がなく、残ったケーキをなくなく持ち帰っているようだった。
 所有する資金の多くを材料に費やしてケーキを焼くため、完売しない日の経済的打撃は大きい。多くの人が買い物に来ないと予想される平日はケーキ作りを同業者が休む日さえあった。次第に私も完売を目指して手伝うようになり、ホストファミリーの母は喜んでいたが、それでも実際、僅かな現金収入で電気・水道などの支払いを済ませるのがやっとのこと。この家庭の固定電話は、前払い制のクレジットが入っていないため発信はできず、受信専用となっていた。
 ホームステイを始めて数日後、おそらく重なった出費などが原因で、電気料金の支払期限までに必要額を用意できなくなった。その月の電気料金約160パアンガのうち、100パアンガを私に借りにきた。13人家族の生計を農漁業とケーキ販売のみで立てるのは容易でないと立証するような出来事だった。実際に、子供の学費はアメリカに暮らす母の兄弟からの送金で支払っているらしい。家には大きなベッド、洗濯機、ノートパソコンや故障したプリンターなどがあり、海外にいる親族の恩恵を実際に受けていると思われた。

 このように多くの世帯で自給自足経済と貨幣経済を兼摂し、不足する貨幣は海外からの送金に依存する。現金の送金以外には、衣類、生活雑貨、デジタルカメラやパソコンなどの機械類が海外から流入し、それが生活の便利さや近代的刺激・満足感を与えるようになる。しかしそれらは、物質主義に基づく近代文化をますます渇望させ、結果的に送金への依存性を高めていくように私には思えた。いくら海外から政府・個人両レベルでの援助が流入しても、島嶼国にいながら先進国の生活そのものを実現することは不可能に近い。それでも、もはや近代文化や情報の全くない生活には戻れないだろう。これが、極小国家の矛盾なのである。

6. 国家経済政策
 中央計画局(Central Planning Department)は、1963年から農産物の輸出増加やインフラ整備による経済開発を目標とした国家開発計画を2000年まで初回を除いて5カ年ごとに策定している(表12参照)。

これらの国家計画によって、様々な開発援助が試みられたが、それによって着実な経済発展には結びつかなかった。2002年、首相府は経済・公共部門改善計画を策定するにあたり財政難について言及している。財政難の具体的な内容として、(1)従来の経費維持が困難なこと、(2)財政の多くが投資や事業でなく働く者の賃金に費やされていること、(3)経済が海外援助や送金に依存しすぎていること、(4)若年層の選択肢が限定されていること、(5)高い失業率やインフレーションが貧困に繋がっていることが挙げられた。

表12:トンガ国家開発計画

 そのため政府は新たに「第7次戦略的開発計画(Strategic Development Plan 7) 2001-2003」を策定した。さらに2006年から2009年までの第8次戦略的開発計画(Strategic Development Plan 8)では、国家ビジョンを「よき統治、公平かつ環境に配慮した民間による経済発展、教育水準の向上、健康促進、文化発展などを通し、国民がより高い生活水準を満たし質の向上を図れる社会を創造すること」としている。そして、貧困削減や生活の質の向上を目標に海外援助を利用し、民間企業開発により失業率低下と税収増加を計る。これが財政援助や送金への依存緩和に繋がると説明している(Strategic Development Plan 8, 2006, p.77)。
 同計画の国民調査によると、現金収入増加対策として多くの国民が伝統工芸品、カバ、バニラや魚の海外市場確保を望んでいる(Strategic Development Plan 8, 2006, p.39)。しかし国際市場において太平洋島嶼国トンガの有利な点は少ない。国民も、他の島嶼国と輸出産物が類似していることやサブシスタンスのための農漁業生産と国際市場用の生産の違いを認識しはじめているのだろう。
 国外への出稼ぎは、極小国で資本、技術、市場、インフラを整えて産業開発を狙うよりも簡明かつ即効に収入に繋がり、国民生活の貨幣不足を一時的にではあるが緩和させる。国民も資金の必要性に駆りたてられまたは現金のパワーに魅了され漠然と産業開発を望むものの、日々の生活に関わる貨幣不足をいち早く解消させるには送金に頼るしか術はない。この現状をもって、経済開発や国内の近代化は国民が日常生活において感じる先進諸国との格差や新しい基準から生まれる貧困感を助長したとすると言いすぎだろうか。
2006年の人口統計によると、15歳から24歳までの人口は全人口の約2割に相当する。若い世代は特に海外に憧れるが、それは多くの人にとって夢でしかあり得ない。実際の留学、出稼ぎ、移住は、公の機会は限られており、自費では非常に困難だからである。私の現地調査中も、多くの若者から日本へ行きたいという切実な願いを聞いた。このような思いを先進諸国の便利な生活、発展した技術や近代的な社会を知った国民が抱くことは、これからも続くだろう。
 この現況を少しでも改善するには、経済現況と社会的な諸事情を考慮した上で、国家として10年後、20年後、30年後という将来まで見据えた国家経済政策を見出す必要がある。そしてそれは、一部の国民や外国人投資家のためではなく、国民全体にとっての政策でなければならないのではないか。漠然と経済開発や援助を進め、結果的に伝統や社会秩序を崩壊し社会の混乱を招いてしまってからでは遅いからである。
 トンガの経済事情を追究していく過程で、島嶼国が抱える多くの矛盾やジレンマを痛感させられた。ここでは送金依存型経済や社会の実態を知り、その問題を指摘することはできたように思う。しかし、私の力量では解決策を見いだすまでには至らなかった。本論で取り上げた問題点の検討や考察も含めて、今後の研究課題としたい。

(1) Brown, R.P.C.,& Ahlburg,A.D.(1999). Remittances inthe Wouth Pacific.

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(2) Cooper,A.(2008).Tongan Americans.
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   -Budget Statement for year ending June 30th, 2008. Paper 1: Review of the Tongan     Economy and Outlook 2007_2008., Paper 2: Fiscal Outlook
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・小林 泉(1994)『太平洋島嶼諸国論』東信堂
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・泉 正南・東 裕(2000)『太平洋諸国の産業開発と伝統社会の変容―サモア・トンガ―』(平成12年5月)社団法人日本・南太平洋経済交流協会
・東 裕(1998)『投資環境に関する研究―トンガ王国―』(平成10年5月)社団法人日本・南太平洋経済交流協

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