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134-楽園の現実 -フィジーの自殺について-

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楽園の現実

-フィジーの自殺について-

苫小牧駒澤大学環太平洋・アイヌ文化研究所研究員 杉尾浩規(すぎお ひろのり)


1 はじめに
 南国の楽園フィジーには「自殺大国」というもうひとつの顔があることを知っている日本人は、それほど多くはない。実を言うと、私もその中の一人でした。フィジーについて調べていく中で「自殺」という言葉が時々目に入り始め、自殺についての論文や記事を読むようになって初めて、その深刻さに気付かされたというのが本当のところです。
 なぜフィジーで、こんなに自殺が発生するのだろう?」。この素朴な疑問は、学術的で高級な関心というよりも、むしろもっと身近で切実な問題意識から生まれた。なぜなら、日本もまた「自殺大国」という、喜ばしくない顔を持っているからです。昨年2008年に日本国内で自殺した人の数は、前年に比べ844人減の3万2249人でした。日本の自殺者数が年間3万人を超えるのは、1998年以来11年連続。現在では月別データが警察庁によって発表されています。

 フィジー警察からの正式な調査許可を得た私の調査は2005年から開始され、今年2009年前半にフィジー警察に提出した最終報告書をもって終了しました。もちろん全てが終わったわけではありません。現地調査で得られた資料の詳細かつ多角的な分析をする必要があります。これは学術目的だけではなく、調査結果の現地への還元のためでもあります。ただし本稿の目的は、現地調査の様子やその中で私が考えたことなどを、幾つかの基本的資料を交えつつ書き綴ることです。

2 背景
 フィジーで、自殺に関心が集まり始めたのは、1970年代からです。それ以来、主に既遂自殺についての統計的調査が、定期的に実施されてきました。また、新聞やテレビのニュースでも自殺は重大なトピックとして繰り返し取り上げられ、保健省や教育省あるいは警察等の関連諸機関が自殺防止を呼びかける声明を頻繁に繰り返しています。現在では、自殺予防国家委員会(The National Committee on Prevention of Suicide)が中心となって、自殺予防のための国家規模での活動を積極的に展開しています。
 実はフィジーに限らず、自殺の社会問題化は、近年の太平洋島嶼国の多くに広がっており、迅速な行政措置の必要性が指摘されています。その中でもフィジーの自殺への関心は特に高いのですが、その理由は独特な分布の偏りのためです。それは自殺の大部分がインド系であることから、先行研究全てがこの特徴に注目してきました。他にも例えば自殺方法として「首吊り」といった特徴が繰り返し指摘されてはいますが、フィジーの自殺の深刻さとは、フィジー・インド人の自殺の深刻さと言っても過言ではないと思います。

 しかし、だからと言ってフィジーの自殺を、フィジー・インド人の問題、あるいはフィジーのエスニック問題へと還元する議論はいささか早急過ぎると思います。もちろん、それも可能なひとつの解釈でしょう。しかし、それには裏付ける資料と説明が是非とも必要です。さもないと、自殺がエスニック問題として利用される危険性があるからです。むしろ私は、フィジーの自殺を広く国家問題として捉えるべきだろうと思います。民族的、年齢的、ジェンダー的、地域的、その他様々な違いを超えて取り組む以外、この問題に解決の希望を見出すことは出来ないでしょう。

3 現状
 次に、私の調査資料を示しながら、フィジーの自殺の現状を紹介します。私の調査は、フィジー警察と共に実施された警察資料に基づくものです。調査の目標は、(1)2003年から2007年まで計5年間に渡る既遂及び未遂全ての自殺行動の数値分析、(2)2005年から2007年まで計3年間に渡る既遂及び未遂全ての自殺行動の推定動機分析、(3)既遂及び未遂の自殺行動についてのケース・ヒストリーの構築と分析です。

 ここでは特に、エスニック分布と推定動機分布を簡単に紹介したい。すでに述べたように自殺の大部分がインド系によるものであり、このエスニック分布が最も顕著なフィジーの自殺の特徴です。また、自殺の推定動機についての体系的調査は私のものが初めてであり、 今後このトピックについての調査の活発化が切に期待されます。蛇足ながら、従来のフィジーの自殺研究が専ら既遂自殺に限定されていたのに対して、私の調査は既遂自殺だけではなく自殺未遂も含む自殺行動全般を視野に入れたものです。よって、今後のフィジーの自殺研究に何らかの貢献が出来るのではないかと、ささやかながら自負しています。

(1)エスニック分布

 表1は2003年から2007年の計5年間に渡るフィジー全体における自殺行動の総数と率(10万人当たりの数)を示しています。また、表2はそのエスニック分布です。

表1 自殺の総数及び率
  2003 2004 2005 2006 2007
既 遂 111 102 104 91 90
13.5 12.4 12.5 10.9 10.7
未 遂 92 107 102 103 131
11.2 13.0 12.3 12.4 15.6

 表1と表2を比べてみると、フィジーの自殺の特徴であるエスニック間の分布の隔たりが良く分かります。全体として見るならば、自殺がそれほど危機的状態にあるとは判断しにくいと思いますが、それをエスニック分布として見てみると、インド系の自殺の現状が相当深刻な状態にあることが分かるのではないでしょうか。

表2 自殺のエスニック分布
  2003 2004 2005 2006 2007
フィジー系 既 遂 19 14 19 17 20
4.2 3.1 4.1 3.6 4.2
未 遂 14 8 11 14 14
3.1 1.7 2.4   3.0 2.9
インド系 既 遂 88 85 79 73 66
26.9 26.3 24.7 23.1  21.1
未 遂 77 98 89 88 115
23.5 30.4 27.9 27.8 36.8
その他  既 遂 4 3 6 1 4
  9.0 6.7 13.1 2.1 8.4
未 遂 1 1 2 1 2
2.2 2.2 4.4 2.1 4.2

注:「その他」は中国人、ヨーロッパ人、他の太平洋島嶼民等を含む。

 このような特徴を反映して、フィジーの自殺研究では専らこのエスニック分布を中心に議論が展開してきました。そこでの解釈は、大雑把に言うと大きく二つに分けられます。一つは、社会・文化的解釈です。つまり、フィジー系社会では、土地保有制度と拡大家族制度を媒介とした地域共同体の相互扶助システムが確立しているために、その中で生きるフィジー人に自殺は少ない。対照的に、インド系社会では、個々の家族は独立した単位を形成しており、それぞれの経済水準は一般的に高いとは言えず、状況の改善は個々人の教育とキャリアの上昇に専ら依存せざるを得ません。また特に若い女性の社会的身分が低く、日々の苦しみを表現する機会もサポートも得ることが困難です。このようなインド系社会特有の生活スタイルのために、インド人の自殺が多いとされます。ここには、キリスト教対ヒンドゥ教という宗教的解釈も含まれるでしょう。
 二つ目は、心理的解釈です。つまり、怒りや悲しみといった感情が(もちろん喜びのような、ポジティブな感情も含まれるでしょうが)、フィジー人の心の中では外側に向かうのに対してインド人の心の中では内側に向かうという議論です。もう少し簡単に言うと、フィジー人の場合、精神的なストレスや悩みが許容範囲を超えた時、それが外側、つまり他人に向けて発散される傾向にあるのに対して、インド人の場合はそれが内側、つまり自分自身に向けられる傾向にあるというものです。実際に、自殺はインド人の方が多い一方で、他殺はフィジー人によるものの方が多いことが警察統計によって示されています。私は、この種の心理的解釈が専門的な自殺研究を超えて、フィジーの人達に一般的に共有されているような印象を受けました。というのも、多くの警察官や友人・知人が、このような心理的説明でフィジーの自殺についての意見を私に述べたからです。
 さて、ここまで二つの典型的なフィジーの自殺の解釈を見てきました。私としては、どちらもそれなりに正しいのではないかと思います。社会・文化的傾向の幾らかは、そこに生きる人々の心理的傾向から影響を受けるでしょうし、その逆もまた然りだからです。複数の社会・文化が共存すれば、お互いに影響を及ぼし合うでしょうし、その影響はそこに生きる人々にも及ぶでしょう。
 私は先ほど述べたのと同じスタンスを、ここでも繰り返したいと思います。フィジーの自殺(あるいは自殺一般)は、心理学、精神医学、社会学、人類学、政治学、経済学、教育学等の学問分野を超えて取り組む以外、希望を見出すことは出来ないだろう。そして、唯一このような学際的自殺研究(あるいは自殺学と言っても良いのかもしれません)こそが、自殺予防の一般的な技術・技法の確立へと向かうのではないでしょうか。そのような技術・技法はフィジーを越えて、同じ悲劇に苦しむ他の太平洋島嶼国でも広く効果を期待できるかもしれません。もしかするとそのような技術・技法は日本でも効果を期待できるのではないかと、私は希望を持っています。
 エスニック分布についての議論を終える前に、もう一度表1と表2に戻ります。二つの表を良く見てみると、従来の研究にはない興味深い傾向を見出すことが出来ます。表1からはフィジーの既遂自殺の総数及び率が、若干ながら減少傾向にあることが読み取れます。そして表2からは、この減少が主にインド系の自殺の数及び率の減少に起因していることが分かります。他方、フィジー系の既遂自殺に目を転じると、その数及び率には目立った変化が無い。これは、何故なのでしょうか。従来の研究は専らインド系の既遂自殺に関心が集中していたために、フィジー系の既遂自殺が論じられることはほとんどありませんでした。確かに今までフィジー系の既遂自殺は数と率双方において低い水準でしたが、逆に表2からはフィジー系の既遂自殺がそれ以上低くなる様子も見られないようです。
 自殺未遂は、既遂自殺とは逆に、総数と率双方において増加傾向にあるようです。そして、この増加が主にインド系の自殺未遂の数と率の増加に起因していることが分かります。他方、フィジー系の自殺未遂に目を転じると、既遂自殺と同様その数及び率には目立った変化がない。既述のように、フィジーの自殺未遂については、比較できる体系的調査が過去に実施されてこなかった。しかし、表2からはフィジー系の自殺未遂が、既遂自殺と同様、外的な要因に対して鈍感であるような印象を受けます。
 ここで、自殺未遂について注意しておきたいのは、私の調査資料が警察資料であることです。医療機関は自殺未遂患者を診察した場合、警察に通報することになっていますが、それが非常に軽度の場合には通報せずに済ます可能性が考えられます。同様に軽度の自殺未遂の場合は、家族が病院に連れて行かない可能性も十分ありえます。このような点を考慮すると、実際の自殺未遂は、もっと多く発生しているのではないかと思います。付け加えると、フィジーでは既遂自殺についてはその全てが警察捜査の対象となることが審問法(Inquests Act) によって規定されているために、警察数値と現実の既遂自殺数は等しいことになります。

 いずれにしても、私の数値は5年間分しかありません。ここまで述べてきた傾向が一過性のものなのか、あるいは何らかの長期的変動の現われなのか、即答は差し控えたい。現地調査を終えた今私が強く感じるのは、フィジーの自殺研究及び自殺予防にとって今最も必要なのは、思いつきだけの恣意的な解釈ではなく、信頼できる資料の長期間に渡る蓄積だということです。本調査及びその成果が、そのような情報システム構築への足がかりとなればと思います。

(2)推定動機分布
 次に、推定動機について、簡単に紹介します。表3は2005年から2007年まで、計3年間に渡る既遂及び未遂全ての自殺行動の推定動機を示していますが、ここでは紙面の都合上、分布状況は簡略化します。
 表3から分かるように、フィジーの自殺行動の主要な推定動機は家庭問題です。既遂自殺の場合は健康問題がそれに続き、恋愛問題が3番目。自殺未遂の場合は恋愛問題が家庭問題に続き、健康問題が3番目を占めています。総体として見ると、自殺行動の推定動機は「家庭」、「恋愛」そして「健康」の三つが中心となっていると言えるでしょう。また表中の「その他諸問題」には、「対人間の問題」、「学校(教育)問題」あるいは「労働(ビジネス)問題」等が含まれ、警察捜査によって推定動機が確立できなかったもの、つまり「不明」も含まれます。

表3 推定動機分布

 従来のフィジーの自殺研究では、推定動機分析は弱点でした。そのため様々な思い込みが一般の人々の間に広がっているだけではなく、研究の中にも入ってしまっているようです。ここでは幾つか例を示します。一つは、最近2007年に公刊されたフィジーの自殺についての短い論文の中で、フィジーの若者の間での自殺についての「逸話的証拠(Anecdotal Evidence)」として引き合いに出されているものです。それが示すところによると、学校の試験の結果にショックを受けた学生が、多く自殺行動に走る。実際、この「逸話的証拠」は地元の新聞やニュース等で裏付けられます。と言うのも、実際、試験後に教育関係者や警察等が「自分の子供の試験結果が悪くても、子供にプレッシャーを与えないように」といった内容のコメントをよく発表しますし、時々は実際に関連した自殺行動が起こります。しかし、私の調査結果では「学校(教育)」問題が推定動機であった自殺行動は、年に数件程度しか報告されていませんし、試験結果に失望しての自殺行動となると更に数は少なくなります。
 他にも、未婚のインド系女性の自殺の推定動機に関して「親の取り決めによる結婚(Arranged Marriage)」がしばしば強調されてきましたが、これも年に数件程度の発生件数に留まります。また、既婚のインド系女性の自殺に関しては「姻戚との間のトラブル」、特に義理の母親とのトラブルが同じように強調されてきました。私の調査結果でも既婚のインド系女性の自殺の場合、自殺者と義理の母親を含む姻戚間での不和が推定動機と見なされうる場合が少なからずあります。しかし、推定動機分析にとって重要なのは姻戚との間でどのような種類の不和が生じていたのかという点です。不和の内容は、些細な原因によるちょっとした口喧嘩から、特定の原因が無いままの敵対状態とでも呼べる慢性的不和状態、更には妻や夫による浮気まで様々なのが現実のようです。
 今述べたインド系女性の自殺の推定動機については、思い込みと考えるよりも調査時期に応じて変化してきたと考える方が妥当なのかもしれません。つまり、かつてはこれらの要因がインド系女性の自殺に大きな影響を与えていたのですが、近代化が強まりそれと反比例してインド系社会の文化・宗教的な伝統の力が弱まるにつれ、「親の取り決めによる結婚」や「義理の母親との確執」といったインド系社会特有とされる伝統的要因もまた薄まってきているからです。
 あるいは、かつては自殺行動として現れていたものが、現在では別の形態をとっているという仮説も可能です。一例として、フィジー警察に届けられる失踪届け(つまり行方不明者捜索願)が、ここでは関連するかもしれません。というのも、最近では、インド系の未婚の若者の失踪の原因として、恋人との「駆け落ち」が少なくないと言われているからです。つまり、「親の取り決めによる結婚」に対する抵抗として、自殺という悲劇的選択肢を選ぶ代わりに、恋人と駆け落ちをするという戦略が増えていると考えられるかもしれません。
 もうひとつだけ例を挙げれば、「別居」が興味深いテーマです。関連する統計が無いために正確な数値は分かりませんが、私の受けた印象では、法的に結婚していても実際には別居している夫婦がかなりの数に上るのではないかと思われます。かつては「姻戚との確執」という閉じた閉鎖的環境から抜け出す方法がほとんど無いために、最終的に自殺へと至るしかなかった。が、現在では「別居」という選択肢が普及したおかげで、かつてよりも幾らか容易にこの閉鎖的環境から脱出することが可能となり、それと連動して関連する自殺行動が減少しているのかもしれません。
 しかし、フィジーでは「別居」は別の意味においては、自殺行動を増大させる要因にもなっていることを付け加えておきます。と言うのも、フィジーでは「籍を入れたままでの別居」が「別の恋人との世帯形成」へと発展する可能性が少なくないからです。つまり、法的婚姻パートナーとは別居だけして、法的に離婚しないまま、別の恋人と事実婚を形成するのです。この「別居婚」と「事実婚」が混在する状況はトラブルの源泉であり、自殺行動もそれに含まれます。

 さて、ここまで述べた「失踪」、「駆け落ち」、「別居」あるいは「事実婚」等は自殺という問題に留まらず、広く現在のフィジーの日常性を知る上で興味深いトピックスだと言えます。もちろん伝統の力と近代化との割合は地域によって異なりますので、これらを広く一般的に「現在のフィジーの日常性」という見出しの下に括ってしまうには十分注意する必要があるでしょう。それにしても、どれも現地調査を進めていく中で出合った私にとっては、興味深いテーマなのです。

4 現地調査の様子
 ここでは、調査結果から離れて現地調査の様子について簡単に触れてみたい。
 調査の前半はフィジー警察犯罪統計室を、後半はフィジー警察中央本部企画室をそれぞれベースオフィスとしながら、各警察署を訪れ調査を実施しました。どちらのオフィスでも私のために机とイスが用意され、オフィスに「出勤する」といった感じでした。特に企画室では、企画局長の計らいで副局長の机とイスを使っていました。その間副局長は、部下の小さな机を使って仕事をしていました。申しわけないので、何度も机を替えて貰えないかとお願いしましたが、「ヒロ(私のこと)の調査はフィジーの人達にとって大切なものなのだから、快適な環境で作業しなさい。何も心配する必要はない」と笑顔で繰り返すばかりです。
 犯罪統計室と企画室の全てのスタッフが、私のサポーターであり友人です。調査資金確保のためにお昼ご飯を抜くことが多かったのですが、それを知ってか知らずか、朝オフィスに行くと私の机にバナナやマンゴー、パパイアが置いてあることがよくありました。時々開かれるランチパーティーでは、他のスタッフよりも大量のチキンカレーとライスが私に渡されました。「全部食べ終わるまで、作業は中止しなさい!」とは、ご婦人スタッフの優しい一言です。
 犯罪統計室の伝統のひとつに、「ティータイムは出来るだけ皆で過ごそう」というのがあります。勤務時間内の20分程度(だいたい午前10時半前後から始まる)を休憩時間として利用するティータイムは、皆が大きな作業机に座って共に過ごす貴重な時間だからです。各自が50㌣程度寄付し、それを集めた買出し担当者(私も時々担当しました)が、近くのテイクアウト店からフィッシュ&チップスやパン、クラッカー等を買って来て、紅茶と一緒にオフィスで楽しみます。この時間帯は単に休憩時間としてだけではなく、上司と部下が気軽に話せる時間でもあり、様々な情報交換の機会としても重要な役割を持っています。
 調査の対象となる期間に自殺行動が発生していないエリアの警察署を訪れる必要はなく、オフィスから電話やファックスで、確認作業をしました。また、時間と予算の関係で訪問出来ないエリアの警察署からは、電話やファックスで情報や資料を収集したり、該当警察署からスタッフが資料や情報を持って私に会いに来るという手順で作業が進められました。
 北部地区には、ランバサ、セアガンガ、ナンボウワル、サブサブ、タベウニ、トカベシ(2006年以降)、と計6つの警察署があり、ランバサにある北部地区本部に属します。北部地区では、自殺行動の大半がランバサ警察署の管轄地域で発生しています。そのため、調査方法としては、定期的にランバサに数週間滞在し、ランバサ警察署を拠点に調査を実施しました。ランバサ警察署で調査を実施している間に、その他の警察署から担当者が情報及び資料を持って繰り返し私に会いに来ました。
 他方、西部地区の調査は、北部地区の調査とはスタイルが違いました。西部地区には、シンガトカ、ケイヤシ(現ナヴォサ)、ナンディ、ナマカ、サンベト、ラウトカ、バ、タブア、ヴァトゥコウラ、ラキラキ、と計10の警察署があり、ラウトカにある西部地区本部に属しています。西部地区で発生する自殺行動はフィジー全体の半数かそれ以上を占め、シンガトカ、ナンディ、ラウトカ、バを中心に全体的に散らばって発生しています。そのため、私は、自殺行動がほとんど報告されていないケイヤシ(ナヴォサ)警察署以外の全ての警察署で調査しました。また、北部と同様西部でも地区本部があるラウトカ警察署の管轄地域で発生する自殺行動が圧倒的に多いことから、ランバサと同様ラウトカには定期的に数週間滞在し、集中的に調査をする必要がありました。同様に、シンガトカやナンディ等でも定期的に調査し、その間にそれぞれの周辺警察署から担当者が情報及び資料を持って繰り返し私に会いに来ました。
 他の人がこのような私の調査方法を見ると、驚くかもしれません。実際、私の調査には強い権限が与えられていました。各警察署での調査に先立っては、中央本部から各地区本部長へ正式なメモランダムが届けられ、私の取り決めた調査手順及びタイムスケジュールに則って作業ができるよう手配されました。もちろん、全てが計画通りに進むわけではありません。調査が警察の仕事の邪魔にならないよう、最大限の注意を払いながら作業を行いました。調査中に重大な事件・事故が警察署に報告された場合は、その日の作業を中断することもありました。資料収集が予定通り進まず、スケジュールを大幅に変更せざるを得なかったことも一度や二度ではありません。
 このように各警察署での調査は相当なストレスの中で実施されましたが、警察の現場レベルでの生の声を聞く貴重な時間でもありました。記録された資料からでは分からない自殺の現実を自殺担当捜査官から直接知ることは、私にとって重要な経験でした。自分の家族や親戚が自殺をし、その担当捜査官になった警察官も少なからずいます。私が警察署で作業をしているまさにその時に、自殺が報告され捜査官が現場に駆けつけたことも何度かありました。しかし、警察官といっても一人の人間です。時間が許す限り、様々な場所で多くの警察官と色々なことを語り合いました。調査に関係あるなしに関わらず、時にはくだらない雑談で楽しみ、時には貴重な情報を記録しつつです。

 フィジー警察全てのスタッフ、特に企画室及び犯罪統計室には本当にお世話になりました。私はこの現地調査を通して、フィジー警察に育てられたように感じています。これら全てが私にとっては財産であり、現地調査の醍醐味だと思います。

5 おわりに
 現地調査を終えた今最も強く感じるのは、「もっと効率良く、作業を実施できたら良かったのに」という気持ちです。本調査は個人のプロジェクトであり、全てを自分で行う必要がありました。それも、限られた資金と時間という制約の中でです。曲がりなりにも現地調査を終えることが出来たのは、ひとえにフィジー警察の積極的なサポートがあったからこそだと思います。

 他にも、様々な人達のお世話になりました。私を家族の一員として迎えてくれ、現地調査の初めから終わりまで支えてくれたフィジー人家族及びその親戚の皆さんや、フィジー在住の日本人の皆さんに対しては、お礼の言葉もありません。これら全てに報いるためにも、本調査成果がフィジーの自殺予防活動に貢献できるよう取り組むことを自分への課題にしたいと思います。


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