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144-マーシャル諸島による国際司法裁判所への提訴をめぐる問題

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マーシャル諸島による国際司法裁判所への提訴をめぐる問題

 -その背景と今後の行方を中心に-

研究員 黒崎岳大


1.はじめに

 2014年4月24日、オランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)において、マーシャル諸島が原告となり、9つの核保有国(米・英・仏・ロ・中・印・パキスタン・イスラエル・北朝鮮)全てを相手取って訴訟が起こされた。本訴訟で提出された訴状(*1)によれば、本件提訴は核拡散防止条約(NPT)、特に同条約第6条の違反に対する責任を核保有国に持たせることを目的としたものであった。NPTの第6条には、「各締約国は、核軍備競争の早期の停止および核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と規定されている。すなわち、この提訴は、9つの核保有国に対して、核兵器開発競争の一刻も早い終結と核武装解除を目指す義務に違反していることをICJという法廷の場で明らかにすることを目的としたものであった。またマーシャル諸島は同じ日に、米国連邦地方裁判所において、同じ内容の訴訟が起こされている。国際条約の違反をめぐり、米国政府が米国連邦裁判所で訴えられたというのは、米国史上初めてのことであった。
 マーシャル諸島という小島嶼国がICJという国際機関において核保有国を相手に訴訟を起こすという前代未聞の行為は、各国のメディアにより大きくニュースで取り上げられた。とりわけ、提訴が行われた4月24日は、4月28日から5月9日までニューヨークの国連本部において開催された「2015年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議・第3回準備委員会」の直前だったこともあり、各国政府やNPOをはじめとした多くの関係者からも注目を浴びた(*2)。本件提訴の中心的役割を果たしていたトニー・デブルム(Tony deBrum)外務大臣は、準備委員会初日の一般討論演説において、本件提訴を行った旨改めて発表した。また、その直後にサイドイベントを開催し、「核武装解除こそが(核保有国が)政治的な意思を示す唯一の手段である」と主張している(*3)。このようなマーシャル諸島の動きに対して、核兵器の非人道性を前面に訴える非核保有国や被曝者、NGO団体が高く評価するコメントを次々に出している。
 その後、マーシャル諸島政府側の反応とともに、本件の訴状内容について詳細な分析がなされていくにつれ、本件提訴がかなり綿密に準備されていたものであったことが次第に明らかになってきた。それと同時に、この提訴問題は、同国で実施された米国核実験に対する被害補償についての米国・マーシャル諸島両政府間の交渉の行方と深く関わっているものと推察される。

 本稿では、マーシャル諸島が核保有9カ国に対してICJに提訴した本件の動きについて、どのような背景で実施されたのか、また今後の展開でどのような事態が予想されるかについて考察していく。具体的には、まずマーシャル諸島が抱えている米国核実験をめぐる問題について述べる。次に本件提訴の内容について吟味した上で、その内容から読み取れるマーシャル諸島側原告団の戦術について読み解いていく。さらに本件提訴問題をめぐるマーシャル諸島国内外の関係者の言動を分析しながら、米国・マーシャル諸島両政府の思惑も踏まえつつ、今後の提訴の行方について予測していきたい。

2.マーシャル諸島と米国核実験をめぐる問題

 マーシャル諸島共和国は、第二次世界大戦後、現在のパラオ共和国、ミクロネシア連邦(以上、独立国)、北マリアナ諸島(米国の自治領 コモンウェルス)とともに、国連信託統治領として米国の施政下におかれてきた。とりわけ、米ソ冷戦下での軍事的主導権を握るため、1946~58年にかけて、国内にあるビキニ環礁及びエヌエタック環礁において67回におよぶ核実験が実施された(*4)。この間、同環礁に住んでいた住民は強制移住を余儀なくされ、また1954年3月1日に実施されたブラボー核実験においては、米軍が予測していたよりも広域に核の灰が降り注ぐ事態となり、近隣のロンゲラップ環礁住民やマグロ漁を行っていた第五福竜丸の乗組員などが被曝するという悲劇を被ることになった。
 その後、強制移住させられたビキニ環礁住民たちは、国内の他の離島などに居住させられることになる。同住民たちは、米国からの食糧などの支給を受けながら、新たな居住地でコミュニティを形成し、新たな生活を始めていった。エヌエタック環礁の住民は、核実験が終了後の1970年代には故郷の環礁に帰島しはじめたものの、ビキニやロンゲラップ出身者は現在でも帰島することはできない。放射能に対する不安もあるが、むしろ現在の環礁出身者の多くは強制移住後に生まれた世代が中心となっており、故郷の島での生活は諦め、米国からの補償を受けつつも、新たな居住地での生活を続けることを望む声が益々高まってきている。
 一方で、核実験に伴う住民たちへの補償問題については、1986年にマーシャル諸島が米国との間で自由連合協定を締結したが、その中で核実験をめぐる被害者への補償を行い、米国政府はこの補償をもって全面的に解決を図ることとなった。米国政府は核実験の補償に関して、4つの環礁(ビキニ・ロンゲラップ・エヌエタック・ウトリック、ERUB)を選定し、同環礁政府及び同環礁出身者へ補償金を支払うため信託基金を創設した。これに対し、マーシャル諸島政府側も独立に向けて自由連合協定の締結を急ぐ必要もあったため、米国側の提案を受け入れた。
 しかしながら、その後、米国内での核実験に伴う被災者への補償内容の格差の問題や、米国が認定した被災地域以外における被曝状況などの問題が明らかになるにつれて、マーシャル諸島側は自由連合協定で締結した補償内容では不十分であると主張するようになり、同協定内にある「(締結後に新たに明らかになった)状況の変化」に伴う項目をもとに、被害補償のやり直しなどを主張した。これに対して、米国政府は一貫して認めておらず、現在も両国間の主張は平行線のままである。
 2011年の総選挙で政権を奪取したクリストファー・ロヤック(Christopher Loeak)大統領率いる我が祖国党(AKA)は、米国との外交関係に関して是々非々で対応していくという強硬な姿勢を示し、国民から支持を得た。とりわけ、クワジェリン環礁にある米軍基地に対する土地借地料をめぐる交渉と並び、外交問題に関して総選挙における大きな争点となったのは国内の核被害補償に関する米国との交渉であった。マジュロ環礁の伝統的首長であることから、核実験に対する補償問題に関して当事者意識が低いと言う周囲からの評価があったチューレーラン・ゼドケア(Jurelang Zedkaia)前大統領に対抗するべく、ロヤック大統領は、就任後のERUBのリーダーたちと協力して、米国政府に交渉の座に就くように積極的に取り組む姿勢を示していた。

 米国政府側は表立って批判的な姿勢は示さないものの、現政権の強硬的な姿勢に対しては、「核実験に対する補償問題はすでに解決済み」という方針を崩していない。ロヤック政権としても有効な打開策を導き出すことができておらず、今後米国を交渉の舞台に乗せるためには新たな戦術を捻りだす必要に迫られていた。

3.原告側による巧妙な訴訟戦略

 以上のように、マーシャル諸島政府が米国との間で核実験の補償問題をめぐり全く身動きが取れない状況に陥っている中で、国際司法裁判所に対して核保有国を提訴するという行動が行われた。次に同提訴の内容を吟味しつつ、この提訴を行うことに対するマーシャル諸島政府の戦略について検討していきたい。
 まず本訴訟の原告側としてはマーシャル諸島政府が中心である。とりわけ、本提訴を起こす上で、政府側の中心的な役割を果たしているのがデブルム大臣である。彼は、同国の独立時における自由連合協定の政府代表交渉官として米国政府との間で激しく議論を行った有能な人物である。独立後政界に入ってからは、外務大臣や財務大臣を歴任した。一方で、彼らの選挙区内には多くのビキニ環礁やロンゲラップ環礁出身者が有権者となっており、野党時代は、ロヤック大統領とともに、米国との核被害者補償の交渉役として米国政府や強い立場に出なかった当時の与党に対して激しく追及を行ってきた。また2013年にマジュロで開催された太平洋諸島フォーラム年次総会では、環境問題をめぐり再生可能エネルギーの推進や先進国が環境問題に対してより厳しい姿勢で対応することを要請した「マジュロ宣言」が採択されたが、デブルム大臣は環境政策を所管する大統領補佐大臣(当時)として、同宣言案を採決する上での各島嶼国間の意見を調整するなど重要な役割を果たした(*5)。
 マーシャル諸島政府の提訴に対して、米国NGO「核時代平和財団(Nuclear Age Peace Foundation)」がすぐに支援を表明している。同NGOは、本訴訟問題に関するマーシャル諸島のコンサルタントであり、2012年より国際社会に対する訴訟に向けて無料弁護団を組織している。また、ICJに対して核兵器の使用・威嚇の合法性に関する勧告的意見を出すことを求めるなど、法律家の立場から核兵器の廃絶に向けて動いている国際的法律家のグループである国際反核法律家協会(IALANA)も支援を表明した。
 一方、訴訟相手に関しては、ICJと米国連邦裁判所とでは異なっている。ICJには、核保有国9ヵ国の各政府を、米国連邦裁判所には米国政府、オバマ大統領、米国国防省およびエネルギー省を訴訟相手とした。
 次に、訴訟の理由として、核保有9ヵ国がNPTおよび慣習国際法上の核軍縮義務に違反していること、すなわち「核軍縮義務違反」を提示している。すなわち、NPT加盟5ヵ国(米・英・仏・ロ・中)に対しては、1968年に調印され、70年に発効してから44年が経過しているにも関わらず、核武装解除に向けた交渉の進展はなく、「一刻も早い終結を果たす」とする同条約に対する責務に違反しているとした。一方、非加盟4ヵ国(インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)に対しては、核軍縮は普遍的な義務であり、国際的な義務に違反するという「慣習国際法違反」だとし、判決から1年以内に必要な措置を講じることを命じるようにICJに求めている。訴状においても、9つの核保有国の現在における核兵器の保有数を明示し、核保有国が核兵器削減に向けていかに努力が足りないかを印象付けているのが特徴的である(表「世界の核兵器推定数」参照)。
 さらに、訴状内容を吟味していくと、核兵器保有9ヵ国が義務に違反していることを確認する旨に加えて、核軍縮に向けた条約の交渉を始めるように命じることも記されている。こうした内容からすると、本訴状を作成する段階で、反核運動を主導する米国や英国の法律家団体が大きくサポートをしているのがわかるとともに、こうした支援者たちは本提訴を通じて核兵器禁止条約を実現したいという思惑を有しているのを伺い知ることができるだろう。

 さて、訴状が作成されるまでの流れを踏まえながら、訴状の中身をさらに分析していくと、本件は単なる思い付きによるものでは決してなく、かなり以前から綿密に計画されていたことがよく理解できる。中でも注目すべきなのはマーシャル諸島政府がICJに提訴した日付、すなわち2014年4月24日という点である。このことを理解するためには、国際裁判における管轄権の問題に触れておく必要があるだろう。

世界の核兵器推定数(2013年1月現在)

 ICJを含め国際裁判訴訟では、裁判を開始するのには訴訟当事者間の合意が必要となっている。そのため、相手国が管轄権を受諾する宣言を出していない場合は、相手が任意で応訴しない限り、管轄権不在で門前払いされてしまう可能性が高い。すなわち、NPT加盟核保有5ヵ国の中では、米・仏・ロ・中は管轄権を出していないため、マーシャル諸島の提訴に応訴する可能性は極めて少ない。
 その中でICJの場合は、事前にICJ管轄権を受諾する宣言を出しておくという仕組みがあり、核保有国の中では、英・印・パキスタンが管轄権受諾宣言を出している(*6)。そのため、この3ヵ国はICJの強制管轄権を受諾しているため、マーシャル諸島の提訴に応じて、裁判が開始される可能性が高い。
 ただし、英国の管轄権受諾宣言においては、相手国が管轄権受諾宣言を出してから12ヵ月以内の提訴に対しては、これに応じないという趣旨の条件を付している。これは相手国による不意打ち訴訟を避けるためである。これに対して、マーシャル諸島は、提訴日のちょうど1年前にあたる2013年4月24日に、ICJに対して管轄権受諾宣言を出している。また、その時マーシャル政府より提出された管轄権受諾宣言の文言は、英国のものと非常に酷似した内容であった(*7)。
 マーシャル諸島は受諾宣言のちょうど一年後に提訴していることから、これは英国を訴訟相手とすることを念頭において準備を進めていた戦略であったと考えられる。マーシャル諸島側原告団の中にはニコラス・グリーフ(Nicholas Grief)という英国人法律家も参加している。英国を含めた管轄権受諾を宣言している国に対して、提訴の動きを気付かせないために同訴訟準備を秘密裏に進めていたのもそのためであると思われる。
 英国は、世界的な核兵器廃絶に関する多国間協議を開始しようとする国連総会の取り組みに対し、これまで反対の姿勢を示してきた。この行為が核軍縮義務に違反したかどうかという点が、英国への訴訟において問われることになる。また、他の4つのNPT加盟核保有国が応訴しないとしても、英国への訴訟でICJにおいて保有国側の義務違反が認められた場合は、他の4つの国に対してもプレッシャーをかけることができると言う思惑があるものと予想される。

 以上のように、マーシャル諸島のICJへの提訴は反核法律団体や米国NGOと極めて綿密な計算の下で計画を実施してきたものであった。同時に、英国をターゲットに絞りながら秘密裏に進めてきたその手口は非常に巧妙なものであると認めざるを得ないものであった。

4.提訴に対する関係者の反応

 こうしたマーシャル諸島によるICJへの提訴という動きに対して、マーシャル国内や関係する各国政府高官あるいは国際機関からはどのような反応がなされたのであろうか。
 本件についてまず言えることは、マーシャル諸島内でも、本提訴に関しては、内閣のごく一部の者のみで秘密裏に進められてきたプロジェクトであったと思われる点である。上述の通り、本件の中心人物であるデブルム大臣は、ロヤック大統領の盟友であると同時に、外交を含めた政権運営における影の実力者と言える人物である。ロヤック大統領を支える政権与党は議会の3分の2近くを占める議員の支持で成り立っており、一見すると安定的な地盤であるように思われる。しかしながら、実際はロヤック大統領を直接支える身内のAKAのみでは過半数をはるかに下回っている。ゆえに多くの無所属系議員を大臣に任命するなどして入閣させることで、連立内閣を維持している状況にある。実際に、2013年11月には内閣不信任決議案が野党から提出されるという事態も経験している(*8)。本件に関しても、核被害者補償とも関連しかねない重要な外交上の議題であるだけに、大統領ならびに一部の外交問題を担当する所轄大臣の間で進められていたものと考えられる。
本訴訟をめぐる動きについては、現地の新聞である「マーシャル・アイランド・ジャーナル」紙も伝えている。「核時代平和財団」代表のデイヴィッド・クリーガーに対して行ったインタヴューによると、本提訴に向けて実質的に検討がなされるようになったのは、2012年後半ごろからであると述べている。同時期に、「核時代平和財団」がデブルム大臣に対して、核廃絶に向けたリーダーシップを評価して表彰しており、その表彰記念のランチミーティングで、提訴に向けた戦略を話し合ったと報道している(*9)。
 このようなロヤック政権による大きな外交戦略に対して、国内の野党並びに官僚からは総じて批判的なコメントが出された。ERUBの一つのロンゲラップ選挙区選出議員であるケネス・ケディ(Kenneth Kedi)元法務大臣は、政府の突然の提訴に驚きを隠せないと同時に、ERUBをはじめ核被害補償の関係者に前もって報告がなされなかったことについて不快の念を示した(*10)。
 一方、ジャック・ジョルボン(Jack Jorbon)司法長官代行は、本件提訴に関して、国内における法的手続きに不備があるとして、本提訴は違法であると批判した(*11)。野党の実力者アーヴィン・ジャックリック(Alvin Jacklick)元国会議長もこの批判に同意するとともに、政府は「依然として不法行為をし続けている」と非難した(*12)。
 また、提訴の相手側の一つでもある米国側に関しては、駐マーシャル米国大使館より、「同訴訟が出されたことは認識しており、注意深く見守っている。米国はNPTの下での義務に基づき、核なき世界の平和と安全を達成することに努力している」と述べるとともに、1970年代以来、米国は約80%まで保有核兵器を削減するなど核兵器の武器解除に向けて一歩一歩前進させている旨のコメントが出された(*13)。

 さらに同訴訟について、かつてビキニ環礁における米国の核実験やムルロア環礁でのフランスの核実験に抗議したPIFの加盟島嶼各国のリーダーや事務局からは、特段のコメントが述べられることはなかった(*14)。

5.今後の展開について

 以上のように、今回のマーシャル諸島のICJへの提訴は、デブルム大臣が中心となり、反核法律家団体や米国NGOと協力して、英国をターゲットに据え、内閣のごく一部の閣僚のみで一年以上前から秘密裏に計画を進めてきたことが分かった。最後に、政府は、今後どのような展開を考えているのかについて考察していく。
 まず今後の本提訴をめぐる展開について予想してみたい。英・印・パキスタンは、管轄権の受諾に対して付与した条件などを理由にマーシャル諸島の管轄権をめぐる審査を要求するなどして、裁判を回避するため、徹底抗戦をしてくるものと予想される。ただし、上記3国は管轄権受諾宣言を行っていることから、実際に裁判の段階に進む可能性は決して低いものではない。裁判になった場合、英国の核軍縮削減に対する後ろ向きの姿勢を、ICJがNPT第6条違反と判断するかどうかが大きな鍵になるものと思われる。
 次に、政府が本提訴を行った思惑について考えてみたい。マーシャル諸島はビキニ・エヌエタック両環礁で核実験が実施されたこともあり、国民の核兵器の廃絶に対する思いが強いことを否定するつもりは全くない。ただし、気を付けなければならないのは、マーシャル諸島が本提訴を通じて米国や他の核兵器保有国との間で全面的に闘う姿勢を見せているわけでは決してないということである。デブルム大臣も、マーシャル・アイランド・ジャーナル紙でのインタヴューにおいて、「我が国民は、核実験から壊滅的で回復困難な被害を被ってきた。二度と地球上の人々が我々と同じような悲惨な経験をしないように、闘っていくことをここに誓う」と宣言しているものの、一方で米国に対しては「最良の友人」と認めている。さらに、同大臣は、「マーシャル諸島は独立国でありながら、米国核実験時代の影響を今日も引きずっており、核実験時代に残された問題を解決するために、米国との間で被害補償などをめぐって今後も交渉を続けていく」とも述べている(*15)。こうしたコメントからも明らかなように、デブルム大臣を含めたマーシャル諸島政府側としては、本件提訴を梃子に、国際社会に対してマーシャル諸島に対する米国の核被害補償の問題点を明らかにし、国際世論を味方につけつつ、今後の米国との間で核被害補償に関する交渉で有利な展開に持ち込みたいという思惑があるものと思われる。
 他方で、米国は、英国とは異なり、強制管轄権がないため、マーシャル諸島の提訴を門前払いすることは可能である。ただし、米国政府としては、この訴訟の結果が国際社会に大きなインパクトを与え、米国の核兵器を含めた軍事戦略や外交戦略に悪影響をもたらすことを懸念しているものと思われる。ゆえに、現時点では本提訴問題については静観しつつ、各国・関係機関の動向を探っていると言うのが本音であろう。
 今回の提訴のように、ICJという国連機関を通じて、太平洋の小島嶼国が常任理事国でもある国際社会のリーダー的存在と言える超大国に対してチャレンジできるという、このこと自体が21世紀における国際政治を考える上できわめて象徴的な出来事であると思われる。このことは太平洋島嶼国というこれまで国際社会の周縁に位置付けられてきた島国が、その国家という枠組みを利用して国際社会において超大国と言われる国々と対等に渡り合える可能性を有する時代が来たと指摘することさえできるのかもしれない。気候変動や海洋の安全保障など、今後太平洋島嶼国が国際社会においてクローズアップされる機会はますます増えてきている。今回の提訴問題はその出発点ともいえる出来事であると考えられるだけに、筆者としても今後の展開を引き続き注視していきたい。

(1)Application instituting proceeding against the United Kingdom submitted on 24 April 2014 by the Republic of the Marshall Islands to the International Court of Justice re obligation to pursue in good faith and conclude negotiations leading to nuclear disarmament.(英国に対する訴状。本訴状はICJのホームページよりダウンロードした。)
(2)外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page18_000296.html、2014年7月31日アクセス)
(3)Marshall Islands Journal, 2014/5/2: p2.
(4)マーシャル諸島における米国核実験とその後の被災民への影響に関しては、拙著『マーシャル諸島の政治史-米 軍基地・ビキニ環礁核実験・自由連合協定』(明石書店、2013年)を参照ありたい。
(5)マーシャル諸島は、2013年9月に太平洋諸島フォーラムの年次会合を首都マジュロで開催し、同年9月から翌年7 月まで太平洋諸島フォーラム議長国を務めた。
(6)日本は核保有国ではないが、管轄権を受諾する宣言を出している(2007年)。
(7)英国は英連邦への有効性を認めた項目があると言う点で、マーシャル諸島のそれとは異なっている。
(8)「ロヤック大統領への不信任案採決をめぐる議会の混乱 : マーシャル諸島における過去の不信任案提出事例との 比較を中心に」『パシフィック・ウェイ』(太平洋協会)143号、2014年:23-38。
(9) Marshall Islands Journal 2014/5/2. p.2
(10)Marshall Islands Journal 2014/5/2. p.1
(11)ジョルボン司法長官代行は、マーシャル諸島の法律では国家に関するいかなる訴訟について、司法長官の確認 および許可が必要であるとされており、この点からすると本提訴は違法であると主張した。これに対して、デ ブルム外相は、本提訴については前任の司法長官時代に既にレヴューが終了しているので手続き上問題ないと
反論している(Marshall Islands Journal, 2014/5/2: p1-2)。
(12)Marshall Islands Journal 2014/5/16. p.20
(13)さらに、1980年代に駐マーシャル米国大使館の軍事連絡要員(Military Liaison Officer)として赴任していたマイ ケル・ペティット(Michael Pettitt)氏は、マーシャル・アイランズ・ジャーナル紙に対して、今回の提訴はこ れまで築き上げてきた米国とマーシャル諸島の間の経済交流及び人的交流の関係においてもマイナスであると いう意見を寄せている(Marshall Islands Journal, 2014/5/2: p1)。
(14)なお、日本政府は本提訴問題に関して、「関係国の対応、訴訟手続きの動向を含め、状況を注視して行く必要が ある」とコメントしている(http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page18_000296.html(2014年7月31日アクセス))。
(15)Marshall Islands Journal 2014/5/16. p.3.(くろさき たけひろ)


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