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142-フィジー憲法政府草案の概要と特徴

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フィジー憲法政府草案の概要と特徴

  -1997年憲法・ガイ草案との比較において-
近大姫路大学教授 東  裕

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はじめに
 本誌前号で「フィジー2013年憲法草案の概要について」と題して、2012年12月21日にヤシュ・ガイ(Yash Pal Ghai)憲法委員会委員長からラツー・エペリ・ナイラティカウ(Ratu Epeli Nailatikau)大統領に手交されたフィジー憲法委員会(Fiji Constitution Commission)作成の草案(以下「ガイ草案(Ghai Draft)」という。)の概要を報告した。しかし、その後、このガイ草案は当初予定されていた憲法議会(Constituent Assembly)に提出されることなく廃棄された。その理由については、2013年1月10日のナイラティカウ大統領およびバイニマラマ首相の「フィジー憲法についての国民への演説」で明らかにされている。
 とくに大統領演説の中ではいくつかの理由が挙げられているが、現政権がガイ草案でもっとも問題とした点は、バイニマラマ政権がその除去に努めているフィジー系原住民の伝統的な既得権益の維持を許容し、様々な政治的利害関係を反映させた過去のしがらみにとらわれた憲法で、未来志向の憲法ではないということである。その他に、憲法委員会の作業開始以前に国民の60%以上の支持を得ていた「人民憲章」(People’s Charter)で示された民主的代表の諸原則を無視し「人民憲章」で提示された新憲法作成方針に十分な配慮をしていない点、現在政府が実施している多くの改革に否定的な点、そして非効率な官僚主義的な大きな政府を志向している点など、ガイ草案の問題点が指摘されている。しかし、一方でガイ草案は多くの積極的に評価できる点を含んでいることも認めてはいるが、その多くは憲法ではなく個別の法律によって規定すべき事項であるとの見解を示している。
 そのような事情により、ガイ草案を修正するとしながらも、事実上は同草案に代わる政府草案が政府部内の法律家によって作成されることになり、3月にその草案(Draft Constitution of Fiji)が発表された。政府草案は、ガイ草案の長所も取り入れながら作成されたと政府では説明しているが、むしろ2009年4月に破棄された1997年憲法を下敷きにして修正したものであることが、両憲法の章立てや関連条項の比較から窺い知ることができる。

 本稿では前号の拙稿に倣って政府草案の全条文目次を示し、次に各章ごとに主要な特徴を示し、最後に政府草案全体の基本的特徴を記し、その全容を紹介したい。

1.フィジー憲法・政府草案条文目次

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フィジー憲法
前文
第1章-国家
1.フィジー共和国
2.憲法の最高法規性
3.憲法解釈の諸原則
4.世俗国家
5.市民権

第2章-権利章典
6.適用
7.本章の解釈
8.生命に対する権利
9.個人の自由に対する権利
10.奴隷的拘束、苦役、強制労働、及び人身売買からの自由
11.逮捕者及び在監者の権利
12.残虐かつ品位なき取扱からの自由
13.不当な捜索及び押収からの自由
14.刑事被告人の権利
15.裁判所又は審判所へのアクセス
16.行政上及び管理上の正義
17.表現、出版及びメディアの自由
18.集会の自由
19.結社の自由
20.雇用関係
21.移転及び居住の自由
22.宗教の自由
23.政治的権利
24.プライバシーの権利
25.情報へのアクセス
26.平等への権利及び差別的取り扱いからの自由
27.恣意的な収用からの自由
28.教育に対する権利
29.経済的参加に対する権利
30.労働及び公正な最低賃金に対する権利
31.交通への合理的なアクセスの権利
32.住居及び公衆衛生に対する権利
33.十分な食料及び水に対する権利
34.社会保障スキームに対する権利
35.健康に対する権利
36.恣意的収用からの自由
37.環境権
38.子どもの権利
39.障害者の権利
40.緊急事態における権利の制限
41.権利救済
42.人権及び反差別委員会

第3章-国会
第A部-立法権
43.国会の立法権
44.立法権の行使
45.大統領の同意
46.法律の効力発生
47.規制及び法律の効力を有する法
48.国際合意に対する国会の権能

第B部-構成
49.議員
50.比例代表制
51.国会の構成
52.選挙区
53.投票資格及び登録
54.国会選挙への立候補者
55.公職にある者の立候補者
56.国会の任期
57.選挙公告
58.立候補受付日
59.投票日
60.任期満了前の解散
61.議席の欠員
62.次点繰り上げ者
63.議員資格争訟
64.資格争訟の管轄裁判所
65.選挙後の初国会
66.その他の国会の招集
67.定足数
68.投票
69.委員会
70.議事規則
71.請願、公的アクセス、及び参加
72.議員の権限、特権、免責及び紀律
73.証人喚問権
第C部-諸制度及び公職
74.選挙委員会
75.選挙監視人
76.国会の議長及び副議長
77.野党指導者
78.国会事務総長
79.報酬

第4章-行政部
第A部-大統領
80.フィジー大統領
81.助言に基づく大統領の行為
82.就任資格
83.大統領の任命
84.任期及び報酬
85.就任宣誓
86.辞職
87.大統領不在時に首席裁判官が代行する
88.解職
第B部-内閣
89.政府の責任
90.内閣
91.首相職
92.首相の任命
93.不信任動議
94.閣僚の任命
95.法務総裁

第5章-司法部
96.司法権及び司法権の独立
97.最高裁判所
98.控訴裁判所
99.高等裁判所
100.下級裁判所
101.その他の裁判所
102.裁判所規則及び手続
103.司法業務委員会
104.裁判官任用資格
105.裁判官の任命
106.その他の任命
107.司法部職員
108.就任宣誓
109.任期
110.首席裁判官及び控訴裁判所長官の解任事由
111.司法部職員の解職事由
112.司法部職員の報酬
113.独立法務業務委員会
114.フィジー反腐敗独立委員会
115.法務次官
116.検事総長
117.恩赦委員会
118.現職の地位

第6章-国家業務
第A部-公共業務
119.諸価値及び諸原則
120.公職者は市民でなければならない
121.公共業務委員会
122.公共業務員会の権限
123.事務次官
124.大使の任命
125.定年
126.契約任用
127.公共業務紀律審判所
第B部-訓練された部隊
128.フィジー警察隊
129.フィジー矯正隊
130.フィジー共和国軍

第7章-歳入及び歳出
131.歳入の調達
132.整理基金
133.法で認められた支出金
134.支出金に先立つ支出の認可
135.支出金と課税方法については大臣の承認を必要とする
136.年間予算
137.政府による保証
138.使途の説明を要する公金
139.一定の給与と手当の支払いのための整理基金の常設支出金
140.その他の目的のための整理基金の常設支出金

第8章-説明責任及び透明性
第A部-行為規程
141.説明責任及び透明性委員会
第B部-情報の自由
142.情報の自由
第C部-会計検査官
143.会計検査官
144.会計検査官の権限
第D部-フィジー準備銀行
145.フィジー準備銀行
第E部-公職に関する一般規定
146.適用
147.公職の任期と条件
148.報酬及び手当
149.解職事由
150.委員会及び審判所の権限行使

第9章-緊急権
151.緊急事態

第10章-免責
152.1990年憲法の下で認められた免責は継続する
153.2010年の政治的事件に対する責任の制限の下で認められた免責は継続する
154.更なる免責
155.免責は確定した

第11章-憲法の改正
156.憲法の改正
157.改正手続

第12章-施行、解釈、廃止及び経過
第A部-略称及び施行
158.略称及び施行
第B部-解釈 159.解釈
第C部-廃止 160.廃止
第D部-経過 161.大統領職
162.首相及び閣僚
163.公職者
164.財政
165.国会及び議長の権限
166.選挙
167.諸制度の継承
168.権利と義務の維持
169.諸法の維持
170.司法手続

スケジュール1
第A部-忠誠 忠誠の宣誓又は確認
第B部-公職就任のために 大統領のための宣誓又は確認 大臣のための宣誓又は確認 司法職のための宣誓又は確認 議員のための宣誓又は確認 国会の議長のための宣誓又は確認

スケジュール2
(選挙区画地図) ──────────────────────────────────────

2.各章の概要

(1)第1章-国家(THE STATE)
 フィジー共和国(1条)、憲法の最高法規性(2条)、憲法解釈の諸原則(3条)、世俗国家(4条)、および市民権(5条)の5条からなる。ここで、とくに注目されるのは、次の諸規定である。
 第一に、フィジー共和国は、「共通かつ平等な市民及び国民統合に基づくこと」(1条(a))、「人の権利、自由、及び法の支配を尊重すること」(同条(b))など、第1条で8項目にわたって定められた諸価値に基礎をおく主権民主国家であることが宣言されている。ここにいう「共通かつ平等な市民」とは、フィジー系とインド系に共通かつ平等な市民的権利が認められることを意味し、民族区分を超えた「国民統合」を志向した憲法であることを示している。
 第二に、憲法の最高法規性の規定で、「この憲法は、すべてのフィジー国民と国家によって支持され尊重されなければならず、国家には公職にあるすべての人を含む」(2条(3)項)と規定されている点が注目される。国家権力を行使する者によって憲法が破棄されてきた経験を背景とした規定であろう。同様に、「この憲法に定めのない他の方法によって政府を設立しようとするいかなる試みも違法であり、そのような試みによってなされたすべての行為は無効であり何らの効力も有せず、そのような憲法を超えた試みの中でなされた行為の実行者に合法的に免責を認めることはできない」(4条(a)、(b)号)とするのも、これまでの「クーデタ文化」に歯止めをかけようとした憲法保障の規定であろう。
 第三に、憲法解釈の諸原則で、「この憲法は英語で採択されるが、フィジーの諸言語による翻訳も利用できる」(3条(3)項)とし、英語と翻訳に明らかな齟齬のある場合は英語版の意味が優先する」(同条(4)項)として、英語に優越的な地位を与えている。この点で、ガイ草案が、フィジー語(iTaukei)とロツマ語を原住民の言語とし、すべての国家機関にその尊重と使用の促進を義務づける一方、英語・フィジー語・ヒンズー語が国家に於いて同等の地位にあることを認めていた(5条)のとは異なっている。言語による国民分割を避け、共通語である英語での国民統合をはかる意図が窺える。
 第四に、市民権については、「この憲法の諸規定に従い、すべてのフィジー市民はフィジアン(Fijian)として平等の地位を有する」(5条(1)項)として、インド系とフィジー系を区別することなく統一的にフィジー市民を把握し、これまでフィジー系国民を意味した「フィジアン」がフィジー国民の統一名称として使用されている。ここでも民族による区分によらず、フィジーの市民権を有する者はすべてフィジアンであるとして、民族による国民の分割を回避する措置がとられている。

 第五に、ガイ草案で導入されていた国民主権の規定は削除されている。これは過去の3つの憲法と同様である。

(2)第2章-権利章典(BILL OF RIGHTS)
 本章は37条からなる。適用(6条)、本章の解釈(7条)に続き、身体の自由、国務請求権、精神的自由権、経済的自由権、参政権、社会権、および「新しい人権」に関する諸規定がおかれている。その中で注目されるのは、新しい人権を含む詳細かつ具体的な社会権規定がおかれていることである。すなわち、教育に対する権利(28条)、経済的参加に対する権利(29条)、労働及び公正な最低賃金に対する権利(30条)、交通への合理的なアクセスの権利(31条)、住居及び公衆衛生に対する権利(32条)、十分な食料及び水に対する権利(33条)、社会保障スキームに対する権利(34条)、健康に対する権利(35条)、環境権(37条)、子どもの権利(38条)、および障害者の権利(39条)の諸規定である。
 これらの諸権利は、フィジーのみならず開発途上国において共通な国民生活に不可欠ではあるが国家財政的基盤の脆弱性により十分に保障されていない権利であり、社会権の保障といっても、わが国のような先進国と異なり、その必要度は国民生活-時には生存そのもの-に関わる死活的なものである。フィジーは太平洋島嶼国の中では比較的恵まれた自然的・社会的・経済的環境にあるとはいえ、これら諸権利を具体的・個別的に憲法で規定したことは、国民の権利保障のために国家が積極的に取り組むべき政策課題を提示し、その実現に向けた国家の責務を表明したともいえる。「国家及び公職にある者は、本章で認められた権利及び自由を尊重し、保護し、促進し、そして実現しなければならない」(6条)との規定は、これら政策課題への取り組みを国家および公権力の行使にあたる者に義務づけている。

 また、憲法第2章で保障された人権の侵害に対する救済方法として高等裁判所への申し立て制度が設けられ(41条)、「人権及び反差別委員会」は、人権保障について監視・啓発・促進等の役割を担っている(42条)。

(3)第3章-国会(PARLIAMENT)
 第3章は、第A部-立法権、第B部-構成、第C部-諸制度及び公職の3部、37条からなる。
 第A部-立法権については、次のような特徴がみられる。国会は一院制で、国会に国の立法権が与えられ、国会はそれを行使する(43条・44条)。法律の成立には、国会の法案可決後に大統領の同意を得なければならないが(43条(1)項)、大統領の同意は義務的で、大統領が国会で可決された法案を国会議長から受け取って7日以内に同意しない場合は、その期間の経過とともに大統領の同意があったものとみなされる(45条(1)(2)(3)項)。したがって、大統領に立法拒否権があるとはいえない。
 第B部-構成については、次のような特徴が指摘できる。第一に、国会は45名の選挙された国会議員で構成される(51条(1)項)。投票は、自由かつ公正に秘密投票で行われる(49条)。1997年憲法では二院制が採られ、下院議員の定数は71で、うち25議席が民族区分のないオープンシートで選出され、残り46議席が民族ごとに区分された4つの選挙人名簿を基礎に選出されていた。また、上院は民族別の選挙によらない任命制であった。したがって、一院制移行と議員定数の削減、国会議席の民族区分の廃止はきわめて大きな改革であるといえる
 第二に、選挙制度は、大選挙区非拘束名簿式比例代表制(multi-member open list system of proportional representation)で、1人1票で投票する(50条(1)項)。1997年憲法では、小選挙区優先順位付き選択投票制が採用されていた。この選挙制度の投票複雑さ、制度のもたらす多数代表的効果、そして一部にみられた第一順位の逆転現象が、民意の反映という観点から見て、国民の間に選挙制度に対する不信感を高めていたことは否定できない。そのため、大選挙区非拘束名簿式比例代表制の採用は、これらの小選挙区優先順位付き選択投票制にみられた「欠点」を是正するものとして、選挙制度に対する不信感を払拭するものと思われる。
 第三に、全国が4つの選挙区に区分され、中央地区18人、西部地区16人、北部地区7人、そして東部地区4人の定数配分がなされている(52条(1)(2)項)。従来の小選挙区から大選挙区へ移行することによって、かつ比例代表制が採用されることで、民意の反映という観点から国民に歓迎されるものと思われる。
 第四に、選挙権登録が18歳以上のフィジー市民に認められ(53条(1)項)、登録した者だけに投票権が認められる(同条(4)項)。選挙権登録は従来通りであるが、選挙権年齢が21歳(1997年憲法55条(1)項(a)号)から18歳に引き下げられたことは、世界的な流れに沿った民主主義の拡大として積極的に評価されるだろうが、このことが選挙結果にどのような影響をもたらすかは未知数である。
 第五に、選挙委員会は、選挙区ごとに単一の国民共通選挙人登録をしなければならない(同条(5)項)。独立時の1970年憲法から1997年憲法まで受け継がれていた民族別選挙人名簿が廃止され、民族区分のない単一の共通名簿による選挙が導入されたことは重大な変革である。このことはすでに1980年代から一部で主張されてはいたが、これまで実現に至らなかった。これによって民族による政治的権利の不平等が解消されることになるが、そのことが政治的権利の上で優越が認められていたフィジー系国民にどう受け止められるかは不明である。
 第六に、国会議員の任期は4年とされる(56条(1)項)。首相の助言に基づき大統領に解散権が与えられているが、解散権の行使は、国会議員任期開始後6ヵ月間と任期満了1年以内は認められない(同条(3)号)。1997年憲法では、下院議員は任期5年で、解散禁止期間の定めはなかった(1997年憲法59条(1)項)。
 また、国会には自律解散が認められ、国会議員の3分の2以上の賛成により解散動議が可決されたときは、大統領は国会を解散しなければならない(60条(1)項)。但し、国会の解散動議は、政府が国会の信任を失ったとき、野党指導者によるとき、および93条に定める首相の不信任動議を国会が初めて拒否したときに限られる(同条(2)項)。この場合の不信任動議は、新たな国会議員の任期開始直後18ヵ月間と4年の任期が終了する直前の6ヵ月間は提出できない(60条(3)項)。

 第C部-諸制度及び公職には、選挙委員会(74条)、選挙監視人(75条)、国会の議長及び副議長(76条)、野党指導者(77条)、国会事務総長(78条)および報酬(79条)の諸規定がおかれている。

(4)第4章-行政部(THE EXECUTIVE)
 本章は、第A部-大統領、第B部-内閣、の2部16条からなる。大統領は国家元首であり、国の行政権は大統領に与えられている(80条(2)項)。この点は、1997年憲法と同様であるが、次の点で1997年憲法の大統領とは異なっている。
 第一に、大統領は国会によって任命される(83条)。大統領は、1997年憲法では大酋長会議が首相と協議した後に大酋長会議によって任命されたが(1997年憲法90条)、政府草案では大酋長会議の規定はなく、国会による任命となっている。
 第二に、大統領の任期は3年で、再任は1期3年に限り可能となっている(84条(1)項)。1997年憲法では任期は5年で、再任は1期5年に限り可能となっていた(91条(1)項)。これは国会議員の任期と同じであった。政府草案では任期が2年短縮されているほか、国会によって任命される大統領の任期を国会議員の任期の4年より1年短縮した3年としている点が特徴的である。このことによって、新憲法施行後2期目の大統領任期中の解散権行使可能期間が、1期目の途中で解散がなかった場合、事実上1年半に短縮されることになる。
 第三に、大統領が国外にいるなどで不在の場合、又は何らかの理由でその職務を行うことができない場合、若しくは何らかの理由により大統領職が欠けた場合、首席裁判官が大統領職を代行し、首席裁判官が不在のときは、次席の裁判官がその職務を代行する(87条)。政治家ではない裁判官が大統領の職務を代行することになっている点が特徴的である。1997年憲法では副大統領がおかれ、大統領がその職務を行えない場合の代行者と定められ、副大統領による代行も不可能なときには下院議長が大統領職を代行すると定められていた(1997年憲法88条(1)(2)(3)項)のと大きく異なっている。
 次に、内閣について。責任政府(Responsible Government)として、「政府は国会の信任を得なければならない」(89条)、と定められている。「内閣(Cabinet)は、主宰する首相及び首相によって任命される閣僚で構成され」(90条(1)項)、「首相及び閣僚はその権力と権限の行使について、個々に及び連帯して国会に責任を負う」(同条(2)項)。首相は政府の長(head of the Government)であり(91条(1)項)、フィジー共和国軍の最高司令官である(同条(2)項)。首相は国会に議席を有しなければならず(92条(1)項)、国会議員の選挙後、国会議員の50%を超える議席を占める政党の党首である議員が首相に就任する(同条(2)項)。50%を超える議席を獲得した政党がない場合は、国会議長が議員に立候補を呼びかけ、議員の投票によって過半数の支持を得た者が首相に選出される(同条(3)項)。首相は、不信任動議が可決された場合にのみ解職されるが、その場合、代わりの首相候補者となる議員を提案しなければならない(93条(1)項)。なお、閣僚も国会議員でなければならない(94条(1)項)。以上の諸規定から、議院内閣制を採用していることがわかる。

 また、法務総裁(Attorney-General)は、政府の最高法律顧問であり、首相によって任命されるが(95条(1)項)、国会議員以外から選ばれた場合、法務総裁は大臣として内閣に加わり、投票権はないが国会に席を占める(同条(4)項)。1997年憲法下での法務総裁は国会に出席できたが、閣僚となることはできなかった(1997年憲法100条)。この点で、政府草案では、法務総裁の地位が高まると同時に、閣議を通じて政治に関与できる職にもなった。現在この職にあるカイユウム法務総裁のバイニマラマ政権における活躍を想起すると、このポストの重要性が容易に理解できよう。

(5)第5章-司法部(JUDICIARY)
 本章では、まず、司法権及び司法権の独立(96条)が定められ、司法権は最高裁判所以下の裁判所に与えられること、裁判所及び裁判官は立法部と行政部から独立し、憲法及び法律のみに従い、恐怖、情実又は偏見にとらわれず職権を行使することなどの規定がおかれている。裁判所は、最高裁判所(97条)、控訴裁判所(98条)、高等裁判所(99条)、下級裁判所(100条)、及びその他成文法で定められ高等裁判所、下級裁判所、及びさらに下位の裁判所の地位を与えられる裁判所、審判所、委員会からなる(101条)。
 次に、裁判所規則及び手続(102条)、司法行政等に関わる「司法業務委員会」(103条)、裁判官任用資格(104条)、裁判官の任命(105条)、司法業務委員会によるその他の特定の司法部職員の任命(106条)、司法部職員の任期・任用・給与等(107条)、裁判官の就任宣誓(108条)、裁判官の任期と定年(109条)、首席裁判官及び控訴裁判所長官の解任事由(110条)、司法部職員の解職事由(111条)、司法部職員の報酬(112条)、独立法務業務委員会(113条)、フィジー反腐敗独立委員会(114条)、法務次官(115条)、検事総長(116条)、恩赦委員会(117条)、及び憲法施行時に本章で定める職にある者の地位(118条)、といった司法行政に関わる組織、裁判官と司法部職員の身分保障、司法機能を持った独立委員会などが定められている。

 なかでも、2006年に「クリーンアップキャンペーン」と称して腐敗の一掃を旗印に掲げたバイニマラマ現首相によるクーデタ後の暫定政権下の2007年に設置された「フィジー反腐敗独立委員会」(Fiji Independent Commission Against Corruption)が憲法上の機関として規定されている点が注目される。

(6)第6章-国家業務(STATE SERVICES)
 本章は、第A部-公共業務、第B部-訓練された部隊の2部構成で12条の条文が置かれる。
 第A部-公共業務では、最初に「諸価値及び諸原則」(119条)として、国家業務を遂行する者の職業倫理、専門性、効率、経済性、説明責任、透明性などが掲げられている。その下で、公職者は市民でなければならないこと(120条)、公共業務委員会(121条)、公共業務員会の権限(122条)、事務次官(123条)、大使の任命(124条)、定年(125条)、契約任用(126条)、及び公共業務紀律審判所(127条)、として公共業務に関わる組織・権限・任用等の規定がおかれる。

 次に、第B部-訓練された部隊(Disciplined Forces)では、フィジー警察隊(Fiji Police Force)(128条)、フィジー矯正隊(Fiji Corrections Service)(129条)、フィジー共和国軍(Republic of Fiji Military Forces)(130条)の組織・権限等が規定されている。これらの組織は、2009年の「国家業務令」(State Services Decree 2009)に基づき設置されたもので、それが憲法に規定された。

(7)第7章-歳入及び歳出(REVENUE AND EXPENDITURE)

 本章では、歳入の調達(131条)、整理基金(132条)、法で認められた支出金(133条)、支出金に先立つ支出の認可(134条)、支出金と課税方法については大臣の承認を必要とする(135条)、年間予算(136条)、政府による保証(137条)、使途の説明を要する公金(138条)、一定の給与と手当の支払いのための整理基金の常設支出金(139条)、及びその他の目的のための整理基金の常設支出金(140条)の10か条がおかれている。本章の規定については、条文数・条文の順序・条文見出しが、1997年憲法の第12章-歳入及び歳出(175条~184条)の各条文とまったく同じである。内容についてもほぼ同様で、1997年憲法とほぼ同じで大きな変更はない。

(8)第8章-説明責任及び透明性(ACCOUNTABILITY AND TRANSPARENCY)
 本章では、第A部-行為規程、第B部-情報の自由、第C部-会計検査官、第D部-フィジー準備銀行、第E部-公職に関する一般規定、の5部10条がおかれる。
 第A部-行為規程の「説明責任及び透明性委員会」(141条)では、「説明責任及び透明性委員会」(Accountability and Transparency Commission)の設置と構成・権限が定められている。同委員会は裁判官任用資格を有する委員長と2名の委員で構成される。
 第B部-情報の自由では、「情報の自由」(142条)の下に、国民が国家及びその他の行政機関が保有する公的な情報及び文書にアクセスする権利の行使に関する条項を成文法で規定することを義務づけている。この規定は、1997年憲法の第174条とほぼ同じである。
 第C部-会計検査官では、会計検査官(143条)と会計検査官の権限(144条)の2条がおかれているが、これらの規定も1997年憲法の166条、167条をほぼそのまま継受し規定としたものである。
 第D部-フィジー準備銀行では、フィジー準備銀行(145条)の1条がおかれ、中央銀行としての役割等が規定されている。1997年憲法にはなかった規定である。

 第E部-公職に関する一般規定として、適用(146条)、公職の任期と条件(147条)、報酬及び手当(148条)、解職事由(149条)、委員会及び審判所の権限行使(150条)の5条がおかれる。適用では、第E部の規定が適用される公職を明示している。ここに含まれる5条も、1997年憲法の第11章「説明責任」の第4部-「一定の憲法上の公職に関する一般規定」に含まれる5か条の条文(169条~173条)をほぼそのまま引き継ぎ規定したものである。

(9)第9章-緊急権(EMERGENCY POWERS)
 本章は、緊急事態(151条)の1条からなる。1997年憲法でも第14章「緊急権」に1条がおかれていたが、この政府法案の「緊急事態」はそれとは内容的に異なっている。政府案では、緊急事態は「警察長官及びフィジー共和国軍司令官の勧告(recommendation)に基づいて、首相がフィジーの全土又は一部に宣言し、緊急事態に関連する規制を制定することができる」(151条(1)項)が、緊急事態宣言の要件は、「フィジーの全土又は一部の安全(security and safety)が脅かされ、かつ、切迫した事態の効果的な処理に緊急事態の宣言が必要であると信じる合理的な理由がある」(151条(1)項(a)(b)号)場合、とされる。
 これに対し、1997年憲法では、「国会は、内閣の助言に基づき、法律で定められた状況において、フィジー諸島の全土又は一部に緊急事態を布告する権限を大統領に付与する法律を制定することができる」(187条(1)項)とし、「その法律は、大統領に緊急事態に関連する規制を制定する権限を付与する条項を含む」(同条(2)項)とされていた。

 このように、政府案では緊急事態の宣言(布告)主体が、1997年憲法の大統領から首相に変更され、緊急事態の判定権が1997年憲法では内閣の助言に基づき国会にあったが、政府案では警察長官及びフィジー共和国軍司令官の勧告(recommendation)に基づく首相の権限へと変更された。こうして政府案では、緊急事態の判断と宣言の段階では国会と内閣の関与は排除されている。しかし、緊急事態宣言後には国会の関与が認められ、国会議員の多数により緊急事態が承認されなかった場合は、緊急事態宣言とその後にとられた措置は無効となる(151条(5)項)。

(10)第10章-免責(IMMUNITY)

 本章では、1990年憲法の下で認められた免責は継続すること(152条)、2010年の政治的事件に対する責任の制限の下で認められた免責は継続すること(153条)、2006年12月からこの憲法の施行後初の国会が招集されるまでの政府に直接又は間接に関わった者に対する更なる免責が認められること(154条)、そしてこの憲法に含まれるいかなる規定にもかかわらず、本章及び本章で認められ継続している免責は、改定し、修正し、変更し、取り消し、又は無効にすることはできないとして、免責を確定させている(155条)。いうまでもなく、2006年12月のクーデタから現在の政権に至る政治的事件に関わり、そして今後新憲法の下で総選挙が実施され初めて国会が招集されるまでの間、大統領、首相、閣僚、フィジー共和国軍、フィジー警察、フィジー矯正業務、司法権、公共業務、及びその他の公職にあった者に対する刑事、民事、その他のいかなる責任も免除するとしたものである。当然、1997年憲法にはこのような規定はなく、ガイ草案にもない。

(11)第11章-憲法の改正(AMENDMENT OF CONSTITUTION)
 本章は、憲法の改正(156条)と改正手続(157条)の2条からなる。 憲法の改正は、「この憲法、又はこの憲法のどの条項の改正についても、この憲法の定める手続によらなければならず、それ以外の方法によって改正されてはならない」(156条)として、157条の憲法改正手続によらない改正を排除する。憲法改正手続については、国会における4分の3以上の賛成に続いて、国民投票での4分の3以上の賛成を要求している。1997年憲法では両院の各院での3分の2以上の賛成を要件としていたのに比べ、著しく硬性化した改正手続を定めている。

 なお、ガイ草案では一定の条項が改正の対象とはならないとする改正禁止規定が提案されていたが、政府草案にはそのような定めはない。

(12)第12章-施行、解釈、廃止及び経過(COMMENCEMENT,INTERPRETATION,REPEALS AND TRANSITIONAL)
 本章は、施行、解釈、廃止及び経過は、4部13条からなる。
 第A部-略称及び施行では、この憲法は「フィジー憲法」(Constitution of Fiji)と略称されること、施行は大統領が定め官報で告知される日とすることが定められている(158条)。
 第B部-解釈では、Act、Bill of Rights、lawなどこの憲法に含まれる41の用語といくつかの表現の意味などが規定されている(159条)。
 第C部-廃止では、本章の第D部に従って、フィジー行政権令2009年をはじめとする5つの政令が廃止されることが定められている(160条)。
 第D部-経過では、160条で示された5つの政令の廃止にかかわらず、それら政令の下でその職に就いた大統領(161条)、首相及び閣僚(162条)、公職者(163条)はこの憲法の下で最初の国会が招集されるまでその職にあること、財政(164条)、国会及び議長の権限(165条)についても同様であることが規定されている。
 この憲法の下での最初の国会議員選挙日は、この憲法第4章の規定に関わらず、首相の助言に基づき大統領が決定するが、その日は2014年9月30日以前でなければならないと定められている(166条)。
 この憲法で定められた職又は制度の職にある者の法的な継承者は、この憲法施行直前に新憲法で定められた職又は制度に対応する職又は制度においてその地位にあった者と定められている(167条(1)項)。この憲法施行以前に認められていた諸権利や義務は、この憲法で異なる定めがない限り、その保持が継続して認められる(168条)。この憲法の施行直前に効力を有していたすべての成文法は、この憲法施行後もその効力を維持する(169条)。2009年の「司法行政令」によって設置された裁判所は存続し、その裁判所におけるすべての司法手続でこの憲法の施行日直前に進行中の手続は、その開始時にこの憲法の条項が効力を発生していたものとみなし継続する(170条)。

 以上のように、この憲法の施行に伴う経過規定が、憲法施行以前との継続性を重視する形で定められている。

3.結びに代えて-政府草案の基本的特徴

 フィジー憲法政府草案について各章の特徴を概観した。その上で、政府草案を2009年4月に破棄された1997年憲法およびガイ草案と比較したとき、次のような基本的特徴が指摘できる。
(1)政府草案は、1997年憲法を下敷きにした1997年憲法の改正憲法草案である。主要な改正点として、①国会を二院制から一院制にしたこと、②国会議員の選挙制度を小選挙区優先順位付き選択投票制から大選挙区非拘束名簿式比例代表制に変更したこと、③民族別議席、民族別選挙人名簿といった民族区分を伴った制度を廃止し、民族による政治的権利の平等を実現したこと、④民族的利益の相違とその調整に配慮した諸制度-コンパクト条項、大酋長会議、上院、民族別議席、集団の権利など-を廃止したこと。
(2)政府草案は、1997年憲法を基本にその「欠陥」-とりわけ選挙制度、フィジー系優遇の民族別諸制度-を是正することで全国民の政治的権利の平等を実現し、経済・社会改革を優先し国民生活の向上を図ることで、「クーデタ文化」の根を断つことを目指している。一方、ガイ草案は、多様な国民の意見や利益を憲法に反映させ、フィジー系国民の伝統的な諸権利の維持と保護に傾斜した点が目立っている。その例として、ガイ草案第6章の「全国国民会議」(The National People’s Assembly)の設置や第2章の「我々の自然遺産」(Our Natural Heritage)の中の土地保有権の保障に関する諸規定を挙げることができる。
 なお、政府草案について、フィジーのNGO「市民憲法フォーラム」(Citizens’ Constitutional Forum:CCF)が詳細な政府草案の分析レポート(An Analysis:2013 Fiji Government Draft Constitution, 26th March 2013)を出している。このレポートでは、次の6点が特に重大な問題点として指摘されている。①首相と法務総裁への極端な権力集中、②合理的な理由があれば法律による人権制限が可能となっている点、③司法権の独立を保障する仕組みの不備、④「良い統治」と「透明性のある統治」を実現するための市民参加の途が限られていること、⑤女性に関する規定がないこと、⑥原住民の土地及び統治に関する権利が憲法上保障されていないこと。
 いずれも重要な指摘であり、この分析レポートを踏まえた政府草案の更なる検討を今後の課題としたいが、現時点で政府草案が新憲法草案として確定したものであるか否かが不明であり、今後政府による修正を経て新憲法(草案)が発表されることになるものと思われる(注:この点については、2013年3月21日の「フィジー憲法プロセス(憲法の採択)令2013」(Fiji Constitutional Process(Adoption of Constitution)Decree 2013(Decree No.12 of 2013)参照)。

 このような状況にあることから、新憲法(草案)の確定を待ち、あらためて包括的な分析を試みることとしたい。

参考文献

Draft Constitution Of Fiji.(*本稿でいう「政府草案」。フィジー政府のホームページに掲載されている。)
Constitution of the Republic of the Fiji Islands, 27th July 1998, Fiji Government Printing Department.
・Republic of Fiji Constitution Commission, Draft for Proposed CONSTITUTION OF FIJI, 2013, Presented to His Excellency Ratu Epeli Nailatikau, President of Fiji, in December 2012, in accordance with the Fiji Constitutional Process (Constitution Commission) Decree 57 of 2012.
An Analysis:2013 Fiji Government Draft Constitution, Citizens’ Constitutional Forum,Fiji, Suva,26th March 2013. ・H.E.Ratu Epeli Nailatikau, Address to the Nation on Fiji’s Constitution, 1/10/2013, The Fijian Government.
・PM Bainimarama, Address to the Nation on Fiji’s Constitution, 1/10/2013, The Fijian Government.
・Fiji Constitutional Process (Adoption of Constitution) Decree 2013 (Decree No.12 of 2013),Government of Fiji Gazette, p.1635.
・東 裕「フィジー2013年憲法草案の概要について」『パシフィック ウェイ』通巻141号、社団法人太平洋諸島地域研究所、pp.18-30、2013年2月。 *【訂正】:前号掲載拙稿「フィジー2013年憲法草案の概要について」に訳語の誤りがあったため、次の通り訂正します。〈訂正箇所〉p.28の2行目・6行目の「監察業務委員会」「監察長官」および「(16)第16章-国家安全保障(National Security)」の説明文の6行目・8行目・9行目の「フィジー監察」「監察業務委員会」「監察長官」の「監察」をすべて「矯正」に改め、それぞれ順に「矯正業務委員会」「矯正長官」「フィジー矯正」「矯正業務委員会」「矯正長官」とする。


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