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140-太平洋島嶼国からみた中国の太平洋進出

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太平洋島嶼国からみた中国の太平洋進出

研究員 黒崎岳大


1.はじめに

 2012年5月25・26日、3年に一度日本で開催される「太平洋・島サミット」が沖縄県名護市で開催された。今回で6回目となった島サミットではあったが、これまでと比べて開催前から新聞やテレビで本サミットのことが大きく取り上げられた点が特徴の一つといえるだろう。
 ただし、こうした記事や番組の多くは、世界第2位の経済大国として拡大してきている中国が、太平洋地域にも進出をしてきており、それに警戒し、日本や米国などが危機感を持ってきたという文脈で語られることであった。もちろん、島サミットの意義は単に中国への対抗意識という側面だけで捉えるのは、これまでの5回にわたって行ってきた数少ない日本政府主導の多国間首脳会議を矮小化することになりかねず、筆者としても、本来中心におかれるべき日本と太平洋島嶼国の関係をめぐる問題が影をかすめかねないと懸念している。
 とはいえ、中国はここ数年、太平洋島嶼国地域に対して、経済支援分野を中心にそのプレゼンスを拡大させていることは事実である。島嶼国全体への中国の支援額は、2005年には4百万米ドルに過ぎなかったものが、2007年には13.7百万米ドルに拡大し、2009年には156百万米ドルと、5年足らずで40倍近くにまで拡大している。こうした中国による経済支援の拡大に対して、日本や米国を含めたドナー国側からの視点による、中国を「存在感を高める脅威」として捉えている論調がほとんどである。その一方、実際に中国が現地社会にどのような経済支援や貿易・投資などの産業の促進に関わっているかについてなど、島嶼国側からの視点は皆無といってよいだろう。
 本稿では、近年の中国による太平洋島嶼国に対する経済面での積極的な進出について、現地の視点からはどのように捉えられているのかについて、現地で語られている報道を中心に明らかにしていく。具体的には、まずフィジーで発刊されているアイランド・ビジネス(Islands Business)掲載記事「太平洋諸島フォーラムは中国を見つめている(Forum eyes on China)」(2012年6月号pp14-15)を参照しながら、太平洋島嶼国における中国の進出状況と、それに対する政府首脳や豪州のシンクタンクによる中国の動きに対する評価を中心とした発言についてまとめる。

2.太平洋諸島フォーラム諸国の中の中国~各島嶼国からみた中国の進出~

 太平洋島嶼国からみた時の中国との関係、とりわけ経済協力を中心とした支援状況について示した言葉として、同記事の導入部分が印象的である。
 「もしあるプロジェクトを実施することを思い浮かべたら、中国政府に対して人民元を求めればよいだろう。」(Ibid; p.14)
 実際に中国の進出に関しては、太平洋島嶼国全体でもその注目度は高まってきている。本年8月にクック諸島で開催される太平洋諸島フォーラム会合においても、島嶼国はもちろん、周辺主要ドナー国の間でも、中国の進出をめぐっては最優先課題の一つとして取り上げられるだろう。同記事内でも「豪州やNZなどの伝統的なドナー国は、近いうちに島嶼国に対するトップドナーの地位を奪われることになるだろう。(Ibid; p14)」と指摘されている。すなわち、豪州・ニュージーランド・米国といった伝統的なドナー国からすると、中国は、欧米諸国を上回る驚異的な経済成長と軍事力の拡張を背景に、プレゼンスを急激に高める「脅威の存在」として映っている。
 他方で、太平洋島嶼国にとっては、上述の掲載記事の指摘の通り、数百万ドルという開発支援を貧しい島嶼国経済に提供することで、「気前の良い新しいドナー」として評判を勝ち取っている。ここでは、同記事の中で取り上げられた4ヵ国における中国の影響力とそれに対する各国における評判についての記述を取り上げる。

(1)パプアニューギニアの中の中国
 2012年6月、シドニーにある保守的なシンクタンクである、メンジーズ・リサーチ・センター(Menzies Research Centre)主催の「パプアニューギニアの未来」をテーマにしたセミナーにおいて、シドニー大学の中国専門家であるグラエム・スミス(Graeme Smith)が、パプアニューギニアにおける中国の進出状況について投資家たちに次のように語っている。『投資の観点からみた場合、ゲームはまさに始まったばかりである。』(Ibid; p.14)
 スミス氏によれば、2010年までの過去5年間で、パプアニューギニアに対する中国からの直接投資は、323.3百万米ドルにまで達し、その額は4倍増である。彼によれば、パプアニューギニアに対する中国の資本投資額は、2010年のニュージーランドやフィジーに対する投資額よりもはるかに大きくなってはいるものの、中国から豪州に対する投資額9.87十億米ドルと比べたらまだまだ緒に就いたばかりといわざるを得ない。
 パプアニューギニアでは、これまでのところ、中国からの最大の投資プロジェクトは、15億米ドルの85%を所有するラム・ニッケル&コバルト採掘処理工場がある。また太平洋島嶼国の主要産業を支援するより広範な計画の一部として、過去数年間に10ヵ所のツナ缶工場の建設に150百万米ドル近くを投入している。
 また、シドニーを拠点とするローウィー研究所の報告によると、中国は推定700百万豪ドルを太平洋島嶼国に投入し、その半分以上がパプアニューギニアに向けられていると指摘している。こうした傾向について、同報告書では、「パプアニューギニアへの支援の急増は、この地域において資源外交をベースとしたアプローチを取ろうとする中国の政策の変更の表れであるかを判断するのは早計だろう」(Ibid;p.15)と指摘しているものの、アフリカで進められている中国の資源外交の動きと合わせると、今後もパプアニューギニアへの投資が拡大していくことは間違いないだろう。
 一方で、こうした大規模開発をめぐっては地元住民との対立も大きな問題として挙げられている。上述のラム・ニッケル工場に関しても地元住民との間で土地所有や環境破壊問題をめぐり問題となっている。また、急激に増加する中国本土からの移民が、現地のビジネス、とりわけ小売業界において進出し、現地人のビジネスを圧迫しており、各地で焼き打ちや暴動につながっていることも報告されている。

(2)サモアの中の中国
 1962年に独立し、建国50年を迎える地域で最も古い独立国であるサモアは、近年他の国々以上に親密な友人として中国を認識するようになっている。同国首相のトゥイラエパ・サイレレ・マリエレガオイ(Tuilaepa Sailele Malielegaoi))首相は、6月にオークランドで開催されたサモア独立50周年記念式典で、隣接するアメリカンサモアの施政国である、米国政府を批判した。同首相は、アピアにある大規模な建物の多くは中国からの資金供与や中国からのソフトローン資金提供で建設されたものである。「我々は中国人を迎え入れてきた。NZや豪州が我々からの要求に応えきれてこなかったギャップを埋めることを求めている(Ibid; p.14)。」同首相は、米国や、豪州・NZと異なり、中国は有償資金や開発資金援助に関してより寛大な対応を取っていると述べている。とりわけ、2005年にはサモアは多額の負債を抱えていたが、中国はその肩代わりをしており、また官庁ビルやスポーツ施設などを建設してきた。2011年4月には中国政府高官がアピアを訪問し、約610万米ドルの支援の申し出を行っている。
 中国との緊密関係を強調する一方、トゥイラエパ首相は米国政府については、「口ばかりで何もしていない」と批判し、米国政府は太平洋島嶼地域においては自治領や自由連合国などへの対応でいっぱいで、独立国にはほとんど関心を向けていないと主張した。同首相は米国が大洋州地域に関心を示さなかった理由を次のように指摘し、非難している。「米国は戦闘状態、紛争地域にしか関心を持たないし、その理由はわかっている。紛争地域への関与は、国内の産業、とりわけ軍需産業を支援することになるからだ。しかし、これまでの太平洋地域は平和だったため、関心が向かなかったのである。」(Ibid; p.14)
 こうした中国への経済支援依存は国内の債務の拡大につながり、かえって途上国の自立にとってマイナスであるとドナー国や国際機関は指摘する。これに対して、トゥイラエパは、中国からのソフトローンの返済に苦しむ太平洋島嶼国がある一方で、中国政府はその債権の一部の放棄も検討していると述べている。すなわち、多くの大洋州島嶼国のリーダーたちの本音は、「島嶼国の一部は一定期間が過ぎて、島嶼国側から要望すれば、中国政府は債権を放棄してくれるだろう」(Ibid; p15)と予想している。このことについてはローウィー研究所の報告書においても、中国政府からのソフトローンに依存しきっている島嶼国の事例が至る所で見受けられると指摘されている。
 しかしながら、債権放棄について一貫した政策方針が取られているわけではない。2006年には、サモアが負っていた11.5百万米ドルが中国によって放棄された一方、ある島嶼国政府側から、ローンの債権放棄を中国に求めたところ、中国側は時期尚早としてその申し出を拒絶したとされている。とはいえ、中国政府による債権放棄は、島嶼国側からみた場合にも大変魅力的であり、そのことが、かえってソフトローンを受け入れることにつながり、結局中国政府の支援に依存する体質を作り上げてしまっている。

(3)クック諸島の中の中国
 クック諸島はニュージーランドと自由連合協定を締結しており、防衛権及び安全保障に関わる外交権をニュージーランドに委ねている。そのため、実際に国交を締結しているのは30ヵ国程度に過ぎない。その中でも、中国は1997年6月にいち早くクック諸島との間で国交を結んだ。クック諸島は中国の「一つの中国政策」を認めたことを評価し、両国は国交を締結したが、それ以降経済関係が緊密化している。
 とりわけ、中国がクック諸島との間で積極的に取り組んでいるのは漁業分野での進出である。クック諸島政府は、同国海域におけるマグロ・カツオの有効期間3年間の調査ライセンスを中国に認め、年間612,000米ドルがクック諸島政府に支払われている。とりわけ、朕泰(Luan Thai)漁業公司はミクロネシア地域での漁業加工工場開発を進めているが、クック諸島においても漁業権を獲得し、同海域で漁獲したマグロやカツオをベトナムや中国で加工し、同製品をクック諸島の商標を付けてニュージーランド市場に販売する計画を立てており、同製品の売上高の5%がクック諸島政府の取り分となるとしている。朕泰漁業公司は、同国のペンリン環礁に漁船基地を設立し、燃料タンクを設置、漁獲した冷凍マグロを空輸するために空港を利用するとしている(Cook Islands Times 2011.11.18)。

(4)フィジーの中の中国
 1975年に太平洋島嶼国の中で最初に外交関係を結んだフィジーは、中国からの支援の主要な行先となってきた。語学学校から軍事部門まで、医療病院部門から村落開発に至るまで、中国はフィジーに対して開発支援のための一定の収入源となってきた。
 フィジー政府側も中国からの貿易・投資の拡大を歓迎している。6月に中国寧波で開催された浙江省投資・貿易シンポジウムに、フランク・バイニマラマ(Frank Bainimarama)首相が出席した。同シンポジウムの併催事業である展示ブースには、紹興市の企業が出展していたが、同社は中国に輸出するためのセメント工場をフィジーに建設することを約束している。また、紹興市は繊維工業の町としても有名で、フィジーの主要産業であった繊維工業の再興のための投資も検討している。バイニマラマ首相もこうした中国からの積極的な貿易・投資を歓迎し、「2006年の革命以来多くの国から疎外されてきた我々に、中国は友好的に寄り添ってくれたことを感謝する」旨の謝辞を述べた。(Fijilive 2012.6.11)
 とりわけ2006年のクーデタ以降、バイニマラマ軍事政権下で他のドナー国や国際機関がフィジーを見捨てつつある中で、中国はフィジー政府を支持している。むしろ、近年ではクーデタ以後一度は離れていた豪州やニュージーランドも経済支援を拡大する方向に方針転換を行っているが、両国が撤退している間に中国はフィジーにおける確固たる地位を獲得してしまったと言えるだろう。
 さらにアイランド・ビジネス紙は、中国の影響力は、中国一国のみならず、中国を中心とした同盟国グループの中に太平洋島嶼国を取り込もうとしているという見方すら示している(Islands Business 2012.6; p.15)。2012 年6月、太平洋島嶼国との外交関係締結を求めて、北朝鮮がフィジー政府に使節団を派遣した。フィジーは、パプアニューギニアに次ぐ域内第2の経済規模の国だ。使節団の派遣は、そのフィジーに北朝鮮を認めさせようとする最初の試みである。同紙では、この使節団の派遣時期に注目し、北朝鮮使節団派遣の裏側に、中国政府の存在を指摘している。すなわち、この訪問団は日本が6月に開催した太平洋・島サミットにフィジー政府が参加しないことを決めた後に派遣されたものであり、北朝鮮が日本の植民地であった歴史的背景を指摘すると共に、北朝鮮が中国やフィジーなどが加盟する120か国が参加する非同盟運動のメンバーであることも述べている。このように、中国の太平洋への進出は、中国一国の拡大にとどまらず、中国を中心とした同盟グループの拡大を示唆したものであると認識しているようである。
 北朝鮮のフィジーへの進出と日本の太平洋地域でのプレゼンスの低下を結び付けるのは少し無理な指摘であるとは思われるが、むしろここで注目すべきなのは太平洋島嶼地域に対して新たなアクターたちが注目し、進出してきているということである。キリバスにおいては、キューバが現地に大使館を設け、医療分野を中心とした積極的な協力を進めている。また、韓国も2011年5月に外務大臣級の閣僚を太平洋島嶼国から招待し、釜山で経済協力関係を強化する会合を開催した。このように太平洋島嶼地域はグローバル化の中で、もはや周縁として捉えるのは適切ではない。むしろ主要ドナー国が進出を競い合うフロンティアとして認識される場所になってきていると言えるだろう。

3.まとめにかえて~島嶼国から求められる日本の立ち位置とは?~

 以上のように、太平洋島嶼国側にとっては、中国の太平洋進出に関しては、同地域における中国による政治的・経済的・軍事的なプレゼンスの拡大を図っていると認識しつつも、縛りが厳格で、実施までの時間がかかり、要求のハードルが高い、豪州やニュージーランドなどの従来のドナー国とは異なり、比較的円滑かつスピーディーで、島嶼国側のニーズを優先してくれ、さらに債権放棄すら検討してくれる「気前の良い新たなドナー国」として中国は認識されている。加えて、島嶼国側も中国の進出をただ単に中国と島嶼国という二国間の問題として認識しているわけではない。すなわち、中国の太平洋地域への進出が活発化していることと同様に、旧来からのドナー国である米国や豪州に対しても安全保障の観点から、急激に太平洋島嶼国地域への関与を高めていることを認識しているのである。
 とりわけ、オバマ政権下における米国がアジア太平洋重視外交へと方針転換をしたのは、対中国シフトだったことは太平洋各国も認識している。
 近年、北東アジア地域における日本や韓国との防衛上の軍事的な同盟関係の強化やグアムを西太平洋地域の戦略的ハブとする再編成の動き、フィリピンやベトナムとの関係強化、あるいは南アジア地域でのインドとの戦略的パートナーシップの強化、そして中央アジア地域への米軍基地使用協力関係の締結は、中国の影響力の拡大への対抗策として見るのが妥当である。こうした動きは太平洋島嶼地域においても、豪州やニュージーランドとの防衛分野での協力関係の強化や、本年8月の太平洋諸島フォーラムへのクリントン国務長官の参加という形でも現れている。
 このように米国と中国との対立関係という新しい図式が、アジア太平洋地域で急激に作り上げられつつあるのは事実であり、太平洋島嶼国地域は両国による経済や軍事面などでの連携をめぐる協力関係を求める動きの最前線に位置しているといっても言いすぎではないだろう。
 ただし、この点について、単純に太平洋島嶼国が米中対立のグローバルな対立関係の中に呑み込まれていると考えるのは適当ではない。太平洋島嶼国のリーダーたちは、両国を中心とした国際社会の秩序を敏感に捉え、巧みに各ドナー国との間で外交を進めている。伝統的なドナー国との間で自由連合協定などの独自の外交関係を維持していく一方、急激に拡大を進める新たなドナー国の背後にある思惑(外交関係締結をめぐる対立関係など)も理解しながら、国家を経営していく上でもっとも効果的な支援を受けられると思われる外交政策を実施しているのである。その意味では、太平洋島嶼国は各ドナー国との間で、したたかな外交を進めていると言えるだろう。
 こうした中で、日本の太平洋島嶼外交に対して求められるのは、いかなることであろうか。日本が戦前からミクロネシア地域を中心に築き上げてきた歴史的な関係や、戦後のODAによる経済支援や人的な交流関係は、豪州・ニュージーランド・米国などの島嶼国にとっての旧宗主国との特別な関係とは異なる、同じ目線で語り合えるという「イコール・パートナーシップ」として確立されてきた。とりわけ、「太平洋・島サミット」は太平洋島嶼国の主要ドナー国の中で、島嶼国の首脳レベルがすべて揃い、日本の総理が共同議長を務め協議を行う、唯一の機会である。こうしたこれまで築き上げた太平洋島嶼国と日本の関係を維持発展させながら、旧来のドナー国とも、新興のドナー国とも異なる、日本のポジションを明確に示していくことが重要であり、それが次回の第7回太平洋・島サミットに向けた最大の課題と言えるだろう。

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