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フィジー諸島共和国憲法(1997年)における人件と原住民の権利

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フィジー諸島共和国憲法(1997年)における人権と原住民の権利


苫小牧駒澤大学助教授 東裕 (ひがし ゆたか)
出所:「苫小牧駒澤大学紀要」第2号(1999年10月31日)、pp.63-84


はじめに

 フィジー諸島共和国憲法(1997年)は、それまでの「人種差別憲法」として内外から批判を浴びたフィジー共和国憲法(1990年)の改正憲法として成立した。実質的には新憲法であるこの憲法の成立によって、フィジーにおける人種問題が解決に向け大きく前進し、国民統合への最初の一歩が踏み出された(*1)。
 最大の課題であった下院の人種別議席制が大幅に改正され、下院におけるフィジアン(=フィジー原住民のフィジー人)の絶対多数の保障がなくなった。フィジー国内のすべての人種の人口比に比例した人種別議席(46議席)を依然として維持しながらも、残り25議席をオープン・シート(=人種区分のない議席)とすることで人種間の平等を推し進め、同時にそれぞれの民族的(人種的)利益を実現するための議席の確保を保障した。また、前憲法ではフィジアンに限定されていた首相の人種要件を廃止したことにより、この憲法のもとではじめて実施された 1999年5月の総選挙の結果、インド系の首相が誕生するという、この国はじまって以来の「事件」が起きた。
 こうして、フィジー諸島共和国は、国内の二つの大きな人種グループであるフィジアンとインディアン(=インド系フィジー人)が、いつか「フィジー諸島国民」という単一名称で把握されることになる日を目指して、国民統合に向け新たな出発をすることになったのである。いうまでもなく、これは、1997年憲法がもたらした結果であったが、それは人種別議席制・選挙制度・首相の人種要件、といういわば統治機構の規定が変わったことによるものであった。
 こうして両人種間の政治的平等が実現されたのであるが、今後それが両人種間の実質的な権利の保障に結びついていくかどうか、特に人種間の平等をはかりつつフィジアンの権利がどう保護されていくのか、焦点は「人権」の面へと移っていくことになろう。
 そこで、本稿ではフィジー諸島共和国憲法(1997年)(*2)における人権関連規定を紹介し、それがいわゆる普遍的な人権に配慮しつつ、フィジーの現状を十分考慮したものであること、言い換えれば、人権の普遍性に異議申し立てを行ったものともいえるのではない、という問題提起を行うものである。

(注)
(*1) フィジーは、原住民であるフィジアン(Fijian)とインドからのさとうきびプランテーションでの契約労働者移民の子孫であるインディアン(Indian)が、人口をほぼ二分する社会構造をもっている。イギリスからの独立時につくられた1970年憲法では、下院議席全52議席を両民族平等に22議席づつ配分するなど、憲法上両民族間の政治的利益の調整を行ってきた。ところが、1987年の総選挙後にインド系内閣が誕生するに及んで、インディアンによるフィジーの政治的支配に危機を感じたフィジアンの軍人ランブカ中佐(前首相)によるクー・デタが発生した。フィジアンの利益を十分に考慮していないなどの理由により、1970年憲法にかえて1990年憲法が作られた。この憲法では、下院71議席中の過半数37議席をフィジアン議席とし、首相はフィジアンに限るとするなど、フィジアンの政治上の絶対優位が定められた。この憲法が改正され、97年7月に1997年憲法が成立した。詳細は、東 裕「国民国家形成と憲法――フィジー諸島共和国の場合」、憲法政治学研究会編『近代憲法への問いかけ――憲法学の周縁世界』(成蹊堂)、1999年、所収、pp.237-243、参照。
(*2) 1997年憲法の原文については、Constitution (Amendment)Act 1997 of the Republic of the Fiji Islands, 25 JULY, 1997, Fiji Government Printing Department, 1997、参照


1.権利章典

 第4章に23条(第21条~第43条)からなる「権利章典」(Bill of Rights)の章が置かれた。この中で、人身の自由に関する諸権利、表現の自由、信教の自由、投票の秘密、プライバシーの権利、法の下の平等、裁判を受ける権利、教育を受ける権利など、各種の自由権・参政権・社会権・国務請求権に関する諸権利が保障されている。
 こうした規定は、およそ現代国家の憲法に一般的であるが、フィジーの場合、「人権を保障した権利章典が公権力を制限する」という近代立憲主義憲法の基本的な考え方を明記している点が、特徴的である。すなわち、「この章は、(a)中央及び地方のすべての政府における立 法、行政、及び司法部門、並びに(b)あらゆる公職にあってその権限を行使するすべての人々を拘束する。」(第21条)と規定する。
 こうして、権利章典の機能を憲法で明らかにし、権利章典による国民統合への試みが、憲法に具体化されることになった。次にその規定と立法趣旨を紹介する。

A.憲法規定

(1)人権原則
 人権規定の適用・実施・解釈等に関する次の3つの基本原則が、規定されている。そこには、憲法典に定められた権利章典、すなわち人権規定が、すべての公権力及び公権力の行使にあたるものを拘束する、という近代憲法の基本原則、人権侵害の裁判所による救済、裁判所における人権規定解釈の基本原則など、今日の先進国の憲法や憲法理論を幅広く受容した規定が見られる。
 1. 適用(Application): 権利章典による権力制限。権利章典の章(第4章)の冒頭に置かれるこの条項では、権利章典の章が、国から地方に至るすべての段階の政府の立法部・行政部・司法部とあらゆる公職にあって権限を行使する人々を拘束することなどが、定められている(21条)。
 2. 実施(Enforcement): 裁判所(High Court)による救済。自らに関し、第4章に規定される条項の違反があったか、又はそのおそれがある人は何人も、その除去(是正)を高等裁判所に訴えることができる(41条)。
 3. 解釈(Interpretation)本章に定められた権利・自由はコモン・ロー、慣習法もしくは国会制定法によって認められ、または与えられたその他の権利・自由が本章に反しない限り、それらの権利・自由を否定し、もしくは制限するものとして解釈されてはならない(43条1項)。
 本章の規定の解釈にあたって、裁判所は自由と平等に基礎を置く民主社会の基礎にある諸価値を促進させ、かつ関連性が認められるときは、本章に定められた諸権利の保護に役立つ国際公法を考慮しなければならない(同条2項)。
 本章に定められた権利または自由を制限する法律は、その法律の文言が、それらの制限を越えない、より限定的な解釈が合理的に可能な場合、ただ本章によって課された制限を越えるというだけで無効とはならない。このような場合、当該法律は、より制限的な解釈と一致するよう解釈されねばならない(同条3項)。

(2)個別的人権
 個別の人権規定として、次の19か条(第22条~第40条)の条文が置かれている。
 1. 身体の自由(生命の権利)(Life): すべての人々は生命の権利を有し、恣意的にその生命を奪われてはならない。(22条)
 2.個人の自由(Personal liberty): 人は、本条に定める場合を除き、個人の自由を奪われず、刑の執行等による場合の他、個人の自由は保障されるべきである。(23条)
 3. 苦役と強制労働からの自由(Freedom from servitude and forced labour): 人は、奴隷的拘束又は苦役を課せられたり、強制労働を要求されず、刑の執行や通常の合理的な民族的・市民的義務の履行等による場合を除き、その意に反する苦役等を課せられない。(24条)
 4. 残虐・不当な扱いからの自由(Freedom from cruel or degrading treatment): 何人もあらゆる種類の肉体的、精神的、情緒的拷問からの自由の権利、及び残酷で、非人間的で、不当に厳しい刑罰からの自由の権利を有する。(25条)
 5.不当な捜索・押収からの自由(Freedom from unreasoable searches and seizure): 何人も自己の身体又は財産に対する不当な捜索から保護される権利及び、自己の財産の不当な押収から保護される権利を有し(26条1項)、捜索又は押収は法律によらなければならない(同条2項)。
 6. 容疑者・留置人(Arrested or detained persons): 容疑者・留置人が理解できる言語で速やかにその犯罪容疑について告知されること、不起訴の場合には速やかに釈放されること、弁護人の依頼権、接見交通権、人間らしい取扱をされる権利、などを有する。(27条1項~5項)
 7. 被告人の権利(Rights of charged persons): 有罪とされるまで は無罪と推定される権利、犯罪容疑の種類とその理由について理解できる言語で詳細を知らされる権利、防御のための十分な時間と手段を与えられる権利、などその他多くの被告人の権利が認められる。(28条1項~3項)
 8.裁判を受ける権利(Access to courts or tribunals): 犯罪容疑 で告発された人は誰でも法廷で公正な裁判を受ける権利を有し、軍法会議を除き、対審は公開の法廷で行われなければならないとするなど、裁判上の諸権利が認められる。(29条1項~9項)
 9.表現の自由(Freedom of expression): 何人も言論・表現の自由 を有し、そのなかには、公平な情報や思想を求めそして受け取る権利、並びに出版その他のメディアの自由が含まれる。ただし、一定の理由について法律による制限の可能性が認められている。(30条1~3項)
 10.集会の自由(Freedom of assembly): 何人も、他人とともに平穏 に集会し、デモを行う権利を有する。ただし、一定の理由について法律による制限の可能性が認められている。(31条1項~2項)
 11.結社の自由(Freedom of association): 何人も、結社の自由の権利を有する。ただし、一定の理由について法律による制限の可能性が認められている。(32条1項~2項)
 12.労働関係(Labour relations): 労働者は、労働組合を結成し加入する権利を有し、使用者は、使用者の組織を結成し加入する権利を有する、など労働者及び使用者の権利が認められている。ただし、一定の理由について法律による制限の可能性が認められている。(33条1項~4項)
 13.移転の自由(Freedom of movement): どの市民もフィジーに入国 し滞在する権利を有し、フィジー国内を自由に移動し出国する権利を有する、などの移転の自由に関する市民の権利が認められている。ただ し、一定の理由について法律による制限の可能性が認められている。(34条)
 14. 宗教と信条(Religion and belief): 何人も良心、宗教、及び信 条の自由の権利を有する、として内心の自由が認められている。ただし、一定の理由について法律による制限の可能性が認められている。(35条1項~6項)
 15.投票の秘密(Secret ballot): 下院議員の選挙権を有する者は、 何人も秘密のうちに投票する権利を有する。(36条)
 16.プライバシー(Privacy): 何人も、個人の通信の秘密を含む個人 のプライバシーの権利を有するが、法律によって定められた、自由で民主的な社会において合理的かつ正当とされる制限に服する。(37条1項~2項)
 17.平等(Equality): 何人も法の前に平等な権利を有し、個人は、人種・民族・皮膚の色・門地・性別・性的傾向・第一言語・経済的地位・年齢・障害、及び意見や信条などを理由に、直接又は間接に不当に差別されてはならないとし、その他詳細な規定が置かれる。(38条1項~10項)
 18.教育(Education): 何人も基礎教育を受ける権利を有し、かつ教 育制度に平等にアクセスする権利を有し、宗教団体等が教育施設を設立し、運営する権利が認められている。(39条1項~4項)
 19. 財産権の保障(Protection against compulsory acquisition of property): 何人も、法律によらなければ国家によって財産を奪われない権利を有するとし、公用収用の場合の要件を定める。(40条1項~3項)。

(3)人権規定の特色
 以上のように、日本国憲法にもみられるような「普遍的な人権」規定が、多様かつ詳細に掲げられる。
 特徴として、法律による制限の可能性が、いくつかの人権規定に明記されている点が指摘できる。表現の自由(30条)・集会の自由(31条)・結社の自由(32条)・労働関係(33条)・移転の自由(34条)などがその例である。
 制限理由として、「国家の安全」(national security)・「公共の安全」(public safety)・「公共の秩序」(public order)・「公共の道徳」(public morality)・「公衆衛生」(public health)といったいわゆる「公共の利益」、「国家もしくは地方自治体の秩序だった選挙のため」、そして「他者の権利自由を守るため」といった理由が挙げられる。ただし、その制限は、「自由で民主的な社会において合理的で正当(reasonable and justifiable)とされる範囲」に限られている。

B.立法趣旨:CRC報告(3)より

 この憲法で「権利章典」の章が置かれた趣旨については、事実上この憲法の草案を準備した「CRC(憲法再検討委員会)報告」に詳しい。この報告をもとに、権利章典の章の立法趣旨を明らかにしたい。なお、文中の括弧内の数字は、この報告書のなかで付されている番号を表す。

(1)権利章典の起源と意義
 この権利章典の起源と意義については、イギリスの『権利章典』に倣ったものであることがCRC報告の中で明記されている。ただ、「人種差別憲法」との批判を受けた1990年憲法においても、その第2章に「権利章典」の章を置き、基本的権利・自由の保障を図っていたこと(4)が付言される。それだけではない。すでに独立の際の1970年憲法においても、権利章典があったことが強調されている(7.2)。
 ところが、1997年憲法の作成にあたって、このことを知らずに、フィジーには権利章典が必要だとする声があったことが紹介される。この事実は、「人々が政府の制度の構成に鋭い関心を抱いているにもかかわらず、憲法が広く読まれてはいないことを物語っている」(7.3)と指摘される(5)。
 1990年憲法の制定以来、人種別選挙制を初めとするいくつかの憲法制度が問題になってきたが、その議論が憲法典の規定条項を十分に踏まえず行われていたのではないのか、という疑問が呈せられる。
 その一方で、フィジー憲法(1990年)は、一般に思われているほどの人種差別憲法でもなかったと示唆し、フィジーには1970年憲法以来の権利章典の歴史があり、それが1987年のクーデタから1990年の憲法成立に至る時代の中にあっても変わらなかったと、次のように指摘する。
 「個人の人権・自由がフィジー憲法で保障されてこなかったという印象をもつのは間違いであろう。すでに長く議論されてきたいくつかの政治的な点を除いては、国際的な標準で認められた個人の権利・自由はフィジーにおいて効力を持ってきた。そのことは、1987年と1990年の間においてすら同様であった。このことは、見逃されるべきではない(6)」(7.8)。
 そして、このようにすでに人権規定が97年憲法以前から存在したのにもかかわらず、そのことが人々の意識に上らなかった理由を次のようにとらえる。
 「権利章典が大きなインパクトを与えないのは別のいくつかの理由がある。多くの人は、権利保障のために必要な司法過程に容易にはアクセスしない。裁判官や弁護士は、ほとんどが権利章典が司法的に実効性を持たない国々で教育を受けてきた。人々の基本的権利・自由という憲法上の表現は輸入されたものであり、わが国で育ったものでは ない。それはまた、その内容と形式の両面に影響を与える矛盾した影 響の産物で、そのことが憲法を読むのを難しくし、一般的に否定的な 印象を生み出している(7)」(7.4)。
 このように、フィジーでは、1970年憲法以来権利章典を持ち、権利・自由が保障されていたが、国民はそれを自由・人権を守るために裁判の場で権利を主張するという行動に容易にでることはなく、英法系の法曹教育を受けた裁判官や弁護士も、それを裁判の場で主張し、国民の権利・自由の擁護のために利用するという発想をそもそも持ち合わせていなかった。
 加えて、何よりも権利・自由がフィジー固有のものではなく輸入品であったことが、人々の「人権意識」を希薄なものにしてきた、と指摘する。これが、そもそも権利章典の意味を国民に十分意識させることがなかった理由であり、この人権意識の希薄さが、憲法に権利章典が独立以来規定されていたのに、そのことに国民が気づかなかった理由にあげられる。

(2)フィジー国民の人権意識
 フィジー国民の人権意識の希薄さが、インディアンとフィジアンが共にフィジー国民として政府権力を共有することを妨げてきた。権利章典があったのに、人権意識が向上しなかったのは、その規定の理解が国民には容易ではなかったからであった。憲法に規定された権利章典が、裁判規範として人権保障に奉仕することの重要性が指摘される。
 「欠けていたのは、フィジーの人々の間における権利章典が与えた保障についての明確な理解である。もし、人々がもっとこの保障について知っていたら、政府はすべての民族コミュニティーによって共有されるべきだという考えを、国民はもっと容易に受け入れていたであろう。今日、すべての国民の権利・自由を保護するために、憲法は司法的に実効性を持つ権利章典を含み続けるべきである。しかし、その目的・効果・及び内容については、もっと容易に人々に理解されるものであるべきだ(8)」(7.9)。
 こうした考え方が、「人権委員会」を設置して国民の人権教育を推進するという発想につながるのである。ただし、外来思想である「人権」を急速に受け入れることは、人権意識の向上という好ましい結果だけではなく、一面的で極端な人権の主張をも招くことが懸念される。そのような事態を予測し、次のように、人権の「内在的制約」の存在と「公共の利益」による制限の可能性に言及する。
 「現在の権利章典は、人の権利・自由は絶対的なものでない、という事実を際立たせている。他人の権利・自由及び公共の利益(public interest)を尊重するために、それらの制限を強調する(9)」(7.7)。

(3)権利章典の目的と効果
 憲法における権利章典はいかなる目的のためにあり、それが国民の権利保護に対しどのような効果をもたらすものであるのか。このような疑問に答えるべく、「権利章典の目的と効果」について、CRC報告は次のように説明を加える。
「権利章典は、政府の権限は憲法によって制限されるべきだという考え方に基礎を置いている。権利章典の目的は、個人の(ときには集団の)権利・自由を国家による不当な干渉から保護することである。
 憲法は、行政部及び立法部が、その政策・行政行為・及び立法をはかるべき標準を設定する。司法部は、行政部・立法部がその標準に合致した行為を行っているかどうかを決定する責任を持っている。このことは、法律及び行政行為の有効性が裁判所において検証されることを意味する(10)」(7.10)。
 「権利章典は、政府(=中央と地方のすべてのレベル)の立法部・行政部・司法部、特別の民族コミュニティーに関係する現存の立法・行政・司法部門;公職又は公的機関の職務の執行に従事するすべての人を拘束するということをあきらかにすべきである(11)」(7.11)。
 憲法を権力制限規範としてとらえ、なかでも権利章典が国家権力による国民の権利・自由の不当な侵害から、国民を守るために存在することをこう説明する。具体的には、権利章典をその中に含む憲法は、行政部・立法部の行為準則となり、憲法に従った行政・立法を行うべきこと、そして司法権は行政部・立法部の行為が憲法に違反していないかどうかを検証すること、すなわち違憲審査制による国民の権利・自由の確保が考えられている。(しかし、憲法では違憲審査制の導入は見送られている。)

C.人権委員会の設置

 1997年憲法ではじめて導入された制度の一つが、人権委員会(Human Rights Commission)である。
 「多くの国々に、人権の保護と向上の責任を担った人権委員会がある。1970年憲法と1990年憲法の権利章典についての国民の認識が限られたものであったこと、並びに人権の向上に努めている国際連合の仕事についての深い理解が欠けていたことに鑑み、フィジー諸島において人権委員会は有益な働きをすると考える。それゆえ、憲法は人権委員会を設置すべきである(12)」(7.45)。
 CRC報告はこう述べて、権利章典や国連の人権擁護活動への理解を深めるための国民教育を行い、人権関連事項について政府に助言する機能を持つ「人権委員会」の設置を答申した。
 これを受けて、1997年憲法は、人権委員会を設置し(第42条1項)、委員会の機能として、次の3つを定めた(同条2項)。
 ① 国民に対し権利章典の本質と内容について教育すること。② 人権に関し影響を及ぼす事柄について政府に勧告すること。③ 国会が制定する法律によって付与されたその他の諸機能を実行すること。
 このように、人権委員会は、国民の人権教育、人権問題についての政府への勧告、及びその他法律によって与えられた諸機能を行う。
 なお、人権委員会の構成は、議長を務めるオンブズマン、裁判官資格を有する者、およびその他の1名の3人のメンバーで構成される(同条3項)。このうち、裁判官の資格を有するものとその他1名の委員については、首相が野党党首及び人権問題に責任を有する下院の常任委員会に諮問した後、首相の助言に基づき大統領によって任命される(同条4項)。


(注)

(3) 『CRC報告』とは、1996年9月に出された「憲 法再検討委員会」 (Fiji Constitution Review Commission)の報告書である。『リーブ ス報告』、『FCRC報告』とも呼ばれる。825頁に及ぶ大冊である。報告の正式名称は、『フィジー諸島:統合された未来にむけて:フィジー憲法再検討委員会報告 1996 年』(‘The Fiji Islands:Towards A United Future’…Report of the Fiji Constitution Review Comission, 1996.)。ポール・リーブス(Sir Paul Reeves)[マ オリ 系ニュージーランド人]、トマシ・バカトラ(Tomasi Rayalu Vakatora) [フィジアン]、ブリジ・ラル(Brij Vilash Lal)[インディアン]の3人の委員の執筆になる。697項目について改正案を示す とともに、提案理由を付す。この報告書が、「両院合同特別委員会」 (Joint Parliamentary Select Committee)の審議を経て、最終的に697項目のうち577項目がそのまま採択され、新憲法に規定された。残りの項目については、40項目が修正の上採用され、77項目が不採用(拒否または削除)となった。本報告の要点については、東 裕「フィジーの憲法改正動向について…『憲法再検討委員会報告』を中心に」、『ミクロネシア』通巻第102号、(社)日本ミクロネシア協会、1997年、34-35頁、参照。
(4) ‘The Fiji Islands:Towards A United Future’…Report of the Fiji Constitution Review Comission, 1996, p.115.  例えば、 「人種差別憲法」と非難された1990年憲法も、第2章に「個人の基本権と自由の保護」(PROTECTION OF FUNDAMENTAL RIGHTS AND FREEDOMS OF THE INDIVIDUAL)として、第4条から第20条にかけて自由権を中心 とした人権保障規定をおいていた。なかでも、第16条は、法律や公権力の行使にあたる者が、人種・性別・宗教・門地・政治的意見・肌の色・宗教などによって、人を差別的に取り扱うことを禁じていた。
(5) Ibid., p.115.
(6) Ibid., p.116. 権利章典が効力を持っていたとしても、インディアンの人権保障が、実際に、フィジアンと同程度に行われていたかは疑問である。筆者が現地で見聞した例では、政府機関内における公務員の昇進や学生の奨学金の獲得などについて、インド系国民は平等な扱いを受けていなかったといわれる。もっとも、1990年憲法においても、「アファーマティブ・アクション」が規定されていたため(第18条)、こうした状況もその措置の一つであったとみることもできる。しかし、こうした事例がインディアンに被差別感を与えてきたことを考えると、今後もこうした「不平等な扱い」が、「アファーマティブ・アクション」として実施された場合、憲法が認めるこうした積極的格差是正措置に対する国民(特にインディアン)の十分な理解がないと、1997年憲法においても依然として「差別的な」状況が改善されていない、との誤解を生むおそれもある。
(7)Ibid., p.115.
(8)Ibid., p.116.
(9) Ibid., p.116.
(10) Ibid., pp.116-117.
(11) Ibid., p.117.
(12) Ibid., p.125.


2.「コンパクト」(compact/協定)の導入

A.憲法規定

(1)コンパクトの趣旨
 「フィジー憲法再検討委員会報告に関する両院合同特別委員会(13)」(JOINT PARLIAMENTARY SELECT COMMITTEE ON THE REPORT OF THE FIJI CONSTITUTION REVIEW COMMISSION:JPSC)は、「フィジアン とロトゥマンの利益」を規定した90年憲法第3章の削除と、この章にかわる「理解のためのコンパクト」(Compact of Understanding)の作成を国会に勧告した。これは、フィジアンの権利を一部制限し、フィジーのすべての個人・コミュニティー・集団の個々の権利を保障することで、平等主義のいっそうの推進による民族間の融和の促進を意図したものである。
 JPSCは、CRC報告を検討し、同報告で答申された694項目のう ち、577項目を採 用し、40項目を修正の上採用、77項目を拒否したが、この「コンパクト」は、40項目の 修正条項の一つであった(14)。
 こうして、97年憲法では第2章に「コンパクト(Compact)」(協定)として、2か条の条文(第6条・第7条)が置かれた。その内容は政府の行為準則に関わるもので、個人・共同体及び集団の権利の尊重、フィジアンの慣習に基づく土地所有権の維持、信教の自由、言語・文化・伝統を保持する権利、政党結成・政治参加の権利、すべてのコミュニティーの利益への配慮、すべてのコミュニティー間での政治権力及び経済的・商業的権力の公正な共有、フィジアンの利益の至高性などの諸原則が政府の遵守すべき原則として規定されている(第6条)。
 ただし、以上の諸原則は、他の憲法規定またはこの憲法のもとで作られた法律の対象となっている範囲を除いては、裁判においては適用されないが、解釈上関連性が認められる場合には、この諸原則が考慮されなければならない(第7条)、とされる。
 このようにコンパクトは、各コミュニティーの権利保護を政府の行為準則としながら、一方でフィジアンの利益を他のコミュニティーの利益に優位する至高のものとするという矛盾をも含んだものである。最終的に、フィジアンの利益と他のコミュニティーの利益が対立した場合にどう調整されるのかは、関係政党の「合意形成に向けた誠実な交渉努力」にゆだねられることになる(第6条(i)項)。

(2)コンパクトの規定
 第6条[協定:コンパクト]フィジー諸島の国民は、この憲法と他の国法の枠組みの中で、政府の行為が次の諸原則に基づくものであることを確認する。
(a)すべての個人・共同体・集団の権利の十分な尊重。
(b)フィジアンの慣習に基づくフィジアンの土地所有権・自由所有地の所有権、並びに農地の賃貸のもとでの地主及び小作人の権利の維持。
(c)すべての人々の、宗教信仰の自由、言語・文化・伝統を保持する権利の保障。
(d)フィジアン・ロトゥマンが、分離された行政システムを通して統治する権利。
(e)市民として、すべてのコミュニティーのメンバーが平等の権利を享有すること。その権利には、フィジー諸島に恒久的な住居を作る権利を含む。
(f)市民としての権利には、政党結成・参加の権利、政治活動参加の権利、平等の選挙権を基礎とし、秘密投票による下院議員の自由で公平な選挙において投票し、候補者となる権利を含む。
(g)下院の多数の支持を得た政府の形成は、諸政党・選挙民の支持に依存し、かつ、連立政府の形成が必要とされるとき又は望まれるときは、政府の形成のため又は政府支持のために連合する諸政党の意思に依存する。
(h)政府形成、立法の推進又は行政政策の実施を通して政府が国家行為を行うとき、すべてのコミュニティーの利益について十分な考慮を払うこと。
(i)異なったコミュニティー間の利益が対立するとき、すべての関係政党は、合意形成にむけて努力し、誠実に交渉を行うこと。
(j)前項の交渉にあたっては、フィジアンのコミュニティーの諸利益が他のコミュニティーの諸利益に従属するものではないという原則を確保するため、フィジアンの利益の至高性は保護されるべき原則として引き続き適用される。
(k)フィジアン及びロトゥマンが、諸種の機会・諸便宜・諸サービスへアクセスする実質的な平等を確保するためのアファーマティブ・アクション及び社会正義プログラムは、他の諸コミュニティー、女性並びに男性、及びすべての不利な状態にある市民または集団に対するものと同様に、すべてのコミュニティーに広く受け入れられる資源配分に基礎を置かなければならない。
(l)フィジーのすべてのコミュニティー間における政治権力の公正な共有は、すべてのコミュニティーが国家の経済的発展からの利益を十分に享受するため、公正な経済的・商業的権力の共有と適合される。

第7条[コンパクトの適用]

 (1)第6条で言及された諸原則は裁判においては適用されない。ただし、この憲法の他の規定またはこの憲法のもとで作られた法律の対象となる範囲は除く。
 (2)この憲法、またはこの憲法のもとで作られた法律の解釈にあたっ て、関連性が認められる場合、前条の諸原則が考慮されなければならない。

(3)コンパクト規定の特徴
 ここでの特徴として、以下の4点が指摘できる。
 1. (a)~(d):ここでは、「すべての個人」、「すべての人々」という表現が使われているが、それぞれが、共同体・集団の権利、並びに宗教信仰の自由、言語・文化・伝統を保持する権利、と併記されているところから明らかなように、各民族集団の中での個人の権利を意味していると考えられ、共同体・集団を離れたいわゆる西洋的な原子的個人を指しているものではないと考えられる。
 2. (e)~(f):ここでは、市民の権利として、政治的権利の平等が定められている。この権利については、民族集団による区別はなく、すべての国民が平等な「市民」として、各種の政治的権利を持つことが明らかにされている。
 3. (g)~(l):複合政党内閣、国家行為におけるすべてのコミュニティーの利益の考慮、コミュニティーの利害調整における合意形成にむけての政党間協議とフィジアンの利益の至高性、原住民であるフィジアン・ロトゥマン(=ロトゥマ島出身の少数民族)へのアファーマティブ・アクションの実施、不利な地位にあるすべての個人集団への社会正義プログラムの実施、すべてのコミュニティー間における政治権力の公正な共有と経済的権力との適合など、政治面でのコミュニティーの利益の確保とその調整について規定されている。
 4. コンパクトの適用については、この規定は、プログラム規定であり直接裁判規範になるものではなく、コンパクトに基づく法律の制定をまってはじめて具体的な権利として裁判上適用されるのが原則であると定められている。

B.立法趣旨:CRC報告より

(1)フィジー諸島の人々の間でのコンパクト(協定)
 「これまでのフィジー憲法は、『複合民族政府』のための健全な基礎を提供してこなかった。その主要な理由は選挙制度にあった。この答申の目的は、フィジーの人々が人種別の代表システムから解き放たれ、複合民族政府すなわち連立政府を促進することにある。すべての民族コ ミュニティーがその権利及び利益を十分に保護されるために、すべての民族コミュニティーの必要を考慮するのが我々の提案(15)」(5.42)であり、「この報告の主眼は、複合民族政府又は連立の出現を促進することにある(16)」(5.49)。
 このように、複合民族政府を形成することを最終目的とし、またその成立を前提とした各民族コミュニティー、なかんづく原住民であるフィジアンの利益の確保をはかるために、コンパクトが導入されたことがここに示されている。

(2)コンパクトの適用
 「国家政府の行為は、コンパクトに規定される諸原則に基づくことがフィジー諸島の人々によって承認され、この承認は、法的効力とは区別される道徳的な効力をもつ(17)」(5.44)として、コンパクトに規定された条項は、政府の行為を道徳的に縛るものであって、法的拘束力をもつものではないことが示されている。
 政府の行為が、この憲法と共和国の諸法の枠組みのなかで行われることについて、国民の間に広いコンセンサスがあるが、コンパクトによって規定された諸原則は、それ自身法的権利や法的目的を課すものではない、ということを示している(18)(5.45)。では、コンパクトを憲法に規定した目的はといえば、それがすべてのコミュニティーに対する「安心」(reassuarance)として機能すること、そして政治指導者と政党に対しては指針を提供することにある(19)(5.64)。
 このように、コンパクトを規定した目的は、すべてのコミュニティーの利益が保護されることを憲法で確認することによって、国民が安心して生活できるようにすることであり、そして政府・政党の指導者に対しては、それが法的義務ではないが憲法上要請される道徳義務として各民族的利益の保護を考えるべきことを定めたものであることが示されている。

C.社会正義・積極的格差是正措置・集団の権利

(1)社会正義と積極的格差是正措置
 憲法第5章は、「社会正義」の表題の下に10項からなる「社会正義と積極的格差是正措置」(social justice and affirmative action)の1条(第44条)を置く。
 同条は、国会が、不利な地位に置かれているすべての集団に属する人々が、(a)教育 と訓練、(b)土地と住宅、(c)商業活動および国家サー ビスに、実効的にアクセスできる ようにするためのプログラムを定めた法律を制定することを義務付けている(1項)。
 これによって、主として非インディアンの生活向上のための国家による積極的格差是正措置の実施が約束された。一層の平等化がはかられた1997年憲法においても、依然としてフィジアンの利益が重視されていることを、ここでも示している。そうすることによって、経済的に劣位にあるとされるフィジアンが、この憲法を受け入れるための条件がここでもまたひとつ挿入されたもの、といえる。これもまた、国民統合への前提条件整備の一環であることはいうまでもない。

(2)集団の権利
 第13章に、2か条からなる「集団の権利」(Group Rights)の章が設けられた。これは、インディアン以外の民族集団の土地所有権を中心とする権利の保護に関するもので、フィジアン、並びに少数民族であるロトゥマンとバナバン(=バナバ島民の少数民族)の権利・土地所有などに関する8つの法律については、通常の法律改正よりも厳重な改正要件が必要とされ、これら3つの民族集団の権利が憲法で強く保障されることになった(第185条1項)。
 また、慣習法・慣習上の権利に関わる立法を国会が行う際には、国会はフィジアンとロトゥマンの慣習・伝統・慣行・価値・及び希望を考慮することが義務づけられている(第186条)。土地所有に関係する農地 借地法(ALTA)についても、その改正要件が加重されている(同条(2)項)。
 こうして、とりわけフィジアン・ロトゥマンの原住民としての土地に関する権利を中心とした法律上・慣習法上の諸権利が、あつく保護されることを憲法が保障しているのである。

(注)

(13) この委員会は、「憲法再検討委員会」の作業を援助するために1994年につくられたもので、当初は17名の下院議員と3名の上院議員の20名で組織されが、のちに25名に増員された。1994年9月30日に初めての会議を開き、「憲法再検討委員会」の組織を決めた。2年後の1996年9月10日に、「憲法再検討委員会」の報告書がこの両院合同特別委員会(JPSC)に提出され、10月から翌年3月にかけて審議が行われた。その結果が、次の報告書となって公刊された。Parliament of Fiji House of Representatives, Report of the Joint Parliamentary Select Committee on the Report of the Fiji Constitution Review Commission, Parliament of Fiji, Parliamentary Paper No.17 of 1997, pp.1-11.
(14) Ibid., p.12, Annex5..
(15) ‘The Fiji Islands:Towards A United Future’・・・・Report of the Fiji Constitution Review Commission, 1996, p.76.
(16) Ibid., p.29. これが、1999年5月の下院議員選挙後に現実化することになった。はじめてインド系の首相が誕生し、憲法規定(99条)に従って連立政権が組織された。首相を含む18人の閣僚のうち、12人がフィジアン、6人がインディアンの複合民族政府が形成された。(The Review June 1999, pp.32-33. 参照)
(17) Ibid., p.78. (裁判規範とならないという意味で)法的拘束力をもたざるがゆえに、拘束力が弱い、と結論づけることは必ずしも適切ではない。コンパクトもまた憲法規範であり、それが道徳的規範であるからこそ、それに従う、ということもありうる。最小限度の道徳たる法(法律)に従うよりも、道徳規範に従う方がより高い倫理的価値が与えられるからである。要は、政府の運営にあたる者のモラルによる。
(18) Ibid., p.78.
(19) Ibid., p.82.

むすび

 以上、フィジー諸島共和国憲法(1997年)の人権規定と、原住民の権利に関する規定を概観した。この憲法は、権利章典に近代憲法原理の流れをくむ「普遍的」人権を規定し、現代世界のいわば人権のグローバル・スタンダードに配慮し、これまでの「人種差別憲法をもつフィジー」というイメージの払拭に努めている。
 本稿ではとりあげなかったが、1990年憲法にあった人種別選挙制の大幅な修正と首相就任要件からの人種要件の削除が、最大の憲法改革であったことは確かである。しかし、権利章典の諸規定、特に権利章典は公権力を行使するものを拘束するということを明示し、そして国民及び政府の人権教育のために人権委員会の設置を規定した点が、人権重視の憲法というイメージを高める上で、大いに貢献しているといえよう。
 ところが、その一方で、フィジーの独自性に配慮したフィジアンを中心とする原住民の利益保護の規定を置き、これまでに認められてきた伝統的な慣習上の利益を今後も引き続き保障するとともに、さらに一歩進めて、アファーマティブ・アクションの実施を政府に義務づけるなど、普遍的人権の考え方には必ずしも添わないような規定の存在も、この憲法の大きな特徴である。
 このことは、人権の「普遍性」に大きな疑問を投げかけるだけでなく、憲法によって保障され、実現されるべき利益とは何か、という問いかけでもあろう。これは、ひいては近代憲法の限界を示唆する問いでもある。この点については、いずれ稿をあらためて論じてみたい。

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