マーシャル経済の現状と民間企業の動向
-経営環境の整備を中心に-
黒 崎 岳 大
1.はじめに
本稿では、外国資本の進出およびマーシャル人企業(1)の発展を妨げてきた要因について、民間企業を取り巻く経営環境の面から考察していく。具体的には、まず民間企業の行き詰った現状を政府予算書や監査報告書等の財政資料から明らかにしていく。次に、民間企業の行き詰まりを示すシンボリックな出来事であった上記の二つの事件の経緯とそれに対する政府およびマーシャル人企業家の反応について概説する。さらに、上記の事件が生じた原因について、アジア開発銀行(ADB)よりマーシャルの経営環境に対して提案された改善策、すなわち土地制度所有関係の明確化と担保付貸与権の導入、商法の現代化ならびに外国人労働許可をめぐる制度改革、という三つの観点を利用しながら分析する。最後に、こうした経営環境に対する中央集権化を進めているケサイ・ノート政権の取り組みについて言及する。
2.マーシャル経済の現状-2002~2004年を中心に-
マーシャルの歳入は、おおまかに言えば、各種税収や入漁料収入等からなる一般財源、保険基金や輸送料の徴収などからなる特別財源、コンパクト協定に基づく経済支援としてのコンパクト資金援助、米国連邦政府の担当機関との交渉で毎年支給額が設定される米国連邦プログラム資金、および台湾やADBによるその他の援助金、で構成されている(表1)。
2002年度 | 2003年度 | 2004年度 | 2005年度 | 2006年度 | |
一般財源 | 34,280,000 | 35,994,000 | 30,795,861 | 34,328,564 | 34,960,944 |
(コンパクト資金) 註1 | 6,360,000 | 6,360,000 | ‐ | ‐ | ‐ |
特別財源 | 4,380,000 | 5,040,200 | 5,131,808 | 5,329,080 | 5,878,749 |
コンパクト資金援助 註2 | 41,472,400 | 39,716,000 | 57,700,000 | 64,284,960 | 65,547,080 |
その他の米国援助 註3 その他の援助 註4 |
7,850,000 18,600,000 |
8,500,000 9,300,000 |
9,000,000 6,000,000 |
6,704,341 6,000,000 |
33,658,906 6,312,183 |
合計 | 106,582,400 | 98,550,200 | 108,627,669 | 116,646,945 | 146,357,862 |
コンパクト協定に基づき支給された援助金額 | 47,832,400 | 46,076,000 | 57,700,000 | 64,284,960 | 65,547,080 |
予算内におけるコンパ クト資金援助の割合 |
44.88% | 46.75% | 53.10% | 55.10% | 44.80% |
予算内における連邦プログラムを含めた米国 からの援助割合 |
52.24% | 55.38% | 61.40% | 60.86% | 67.78% |
(典拠:マーシャル諸島共和国予算書2002-2006年度版より抜粋)
2002年度以降の2年間は、2001年9月末に終了した第一次コンパクト協定の改訂交渉猶予期間に入っていた。政府は米国との交渉において財政の健全化姿勢を示すべく予算の合理化を進めていたため、2003年度予算は前年度より減少している。しかし2004年10月より改訂コンパクト協定に基づく経済援助が開始され、以後20年間にわたりコンパクト資金がマーシャル政府に支給されることになった。その結果、連邦プログラムによる資金援助等と合わせて、財源の60%以上が米国支援に頼る構図は維持されている。一方で、税収等からなる一般財源部分は、この間コンパクト資金支出部分を除くと2001年度以降金額は増加し続けているものの、歳入全体における割合は常に30%前後を推移している。
表2:マーシャル諸島共和国の税収入の実績値
2001年度 | 2002年度 | 2003年度 | 2004年度 | |
税収総額 | 18,351,831 | 20,094,489 | 23,060,153 | 21,916,309 |
所得税 | 9,642,269 | 9,584,810 | 12,019,280 | 10,556,412 |
輸入税 | 3,971,554 | 6,004,032 | 6,589,490 | 6,215,588 |
法人税 | 3,813,172 | 3,539,518 | 3,407,105 | 4,014,555 |
その他税収 | 924,836 | 966,129 | 1,044,278 | 1,129,754 |
こうした税収入の伸び悩みについて、多くの雇用を生む民間企業の行き詰まりが原因と指摘され、その経済的影響が統計の数字にも現れている。
2001年 | 2002年 | 2003年 | 2004年 | |
民間企業数 | 194 | 190 | 209 | 235 |
小売業社数 | 85 | 75 | 83 | 88 |
民間企業雇用者数 | 2086 | 1843 | 1808 | 1661 |
1997年度 | 2000年度 | 2002年 | 2004年度 | |
国内平均 | 8278 | 8561 | 8563 | 9003 |
政府部門 | 9091 | 10353 | 12014 | 13275 |
民間企業 | 5957 | 5431 | 5059 | 4865 |
3.民間企業の動向
民間企業の行き詰まり状況が示される中で、近年マーシャル経済に大きな波紋を広げたのが、PMO魚肉加工工場の閉鎖とRREスーパー本店の売却である。ここでは、この二つの事件の概要について、現地の報道やインタヴューなどの結果をもとにしながら、その出来事に対する政府、民間企業リーダーの意見の違いを明らかにしていく。
一方、マーシャル人企業のリーダーたちは、PMOPの閉鎖および新たな外国資本がみつからない理由をPMOPがかかえていた複雑な契約関係にあると指摘している。すなわち、1)建物はマーシャル諸島銀行よりの借入金で建造している、2)機械・設備は運営資金を利用して日本の会社と契約しリース使用している、3)工場用地は地主とPM&O社長との間の個人リース契約を結んでいる、ことである。つまり、PMOPは工場の建物、機械・設備および用地の所有関係がすべて異なっており、再開する場合にも、上記の所有者と個別に交渉しながら、原材料購入費や機械・設備の整備費用など総額2百万ドル近い資金を自前で調達する必要がある。こうした複雑な経営形態を生み出してきたことについて、マーシャル人企業のリーダーたちは、政府が民間企業の発展に必要な制度的改革を進めてこなかったことにあると批判した。
以上のように、商品の品質などの問題で以前からの顧客が離れるなどスーパー本店の集客力は減少傾向をしめしながらも、無駄なコストの削減と従業員管理を徹底させることで売上げは急激に伸びるという皮肉な結果となっている。マーシャル政府もこうした台湾系帰化人企業の営業姿勢こそマーシャル人企業は見習うべきであると、マーシャル人企業の批判に反論している。
4.分析-制度面問題とマーシャル政府の対応-
マーシャル経済を揺るがす上記の事件について、マーシャル政府が指摘したように親会社の経営不振という外部要因や既存のマーシャル企業の経営努力の面に問題があったとしたにせよ、民間企業をめぐる経営環境の未整備に問題があったのも事実である。こうした経営環境の問題について、2003年にADBより「マーシャル諸島共和国・民間部門評価(Republic of the Marshall Islands Private Sector Assessment: PSA)」(12)と題する報告書が発表され、民間企業の成長に必要で有益な政策・措置を勧告している(13)。同報告書は、マーシャル経済の抱える問題点を分析し、民間企業の発展に必要な経営環境が十分に整っていないと指摘した。そして具体的提案として、土地所有制の明確化・土地を利用した担保制度の発展、破産法の施行等の商法の現代化、および人材育成を意図した外国人労働者に対する労働許可の制限撤廃、をあげている。本章では、PSAで指摘された経営環境の整備に向けた改善策を利用して、上記の二つの事件の原因を分析していく。
すなわち、法人に対する土地の長期リースが制限されているので、社長個人が賃借せざるを得ない。ゆえにPMOPの場合のように投資企業が変更した場合、土地契約は前の投資企業の社長と同時に、再びすべての伝統的土地権利者たちからの同意も確認すべく交渉をすることになる。一方、土地などの財産権を担保に資金を銀行より借り入れることができない。企業自身が国内金融機関から潤沢な運転資金を借り入れるのは困難となり、その結果、資金調達する場合は、政府機関などの保証による借入か、もしくは親会社が準備せざるを得ないのである。
以上のように、今後健全な国内企業の発展を進める上で、破産法の導入を含めた商法の現代化は不可欠である。また既存の商業関連規則についても不明確であるから同時に設立された法典の編纂を至急進めるべきであろう。
しかし工場閉鎖後、従業員たちは他の企業へ流れることはなく、労働市場から自ら退出していった。工場閉鎖の一年後、筆者が確認できたPMOPの元従業員256名を相手に調査を行ったところ、大部分はそのまま無職となり(表5)、新たの仕事を探す動きを示していない。これはマーシャルの大家族制度が影響している。首都マジュロは都市化が進んだとはいえ、現在でも親類同士で一緒に暮らすのが一般的である。この場合、戸主(大部分は年長の男性)の権威が強く、家族が稼いできた給与はすべてこの戸主が徴収し、生活費以外は戸主自身の娯楽費用(大部分は飲酒代)に使われる(20)。そのため、PMOPの従業員の多くは、戸主に「搾取」されている家族の一員なので、仕事場がなくなることで毎日工場に行く必要がなく、家でゴロゴロできると喜んでいる。通常、家族の中に公務員や大手民間企業の従業員がいる場合が多いため、戸主も家族の失業を問題視しない。マーシャルでは、高い失業率に関わらず慢性的な労働力の不足が生じているが、その理由にはマーシャル人の労働に対する国民性が大きく影響しているのだろう。
無 職 | 建設現場 註2 | 小 売 店 業 | その他 註3 | |
男性(92人) | 50人 | 24人 | 3人 | 15人 |
女性(164人) | 136人 | 1人 | 8人 | 19人 |
合計(256人)註1 | 172人 | 25人 | 11人 | 34人 |
(典拠:2005年6月に行った筆者の実地調査結果による)
5.まとめ