一方豪州は、依然として強硬姿勢をとり続けているものの、ソガヴァレ首相サイドの攻勢に後手後手にまわり、効果的な対応策は打ち出せていない。この時期に、トンガ暴動(11月)、フィジー・クーデター(12月)と大事件が相次いで発生し、その対応に追われたことも、対ソロモン外交立て直しの遅れに繋がったものと思われる。モティ騒動で緊迫した10月頃には、ソロモン国内で、豪州の暗黙の意向を受けた警察が、何らかの汚職容疑を仕立てて、ソガヴァレ首相を逮捕するのではないかとの観測も流れたが、12月末に豪州人のキャッスル警察長官が国外追放処分を受けて、その可能性はほぼ消えた。
5.現状と今後の展開
今日に至るまで豪州とソロモン諸島の関係は冷え切ったままであり、妥協・関係改善のための進展は見られない。ソガヴァレ首相サイドは、オーストラリアの建国記念日式典に欠席したり、その一方でハワード豪首相に直接対話を呼びかけたりするなど、相変わらず豪州への揺さぶりを続けている。
なぜソガヴァレ首相はこうも豪州と対立するのか。上述のように、ソガヴァレ首相は、豪州との対決そのものを目的化しているのではなく、ケマケザ政権時代に政府中枢に人を送り込み、ソロモン政府をコントロールしていた豪州の影響力の排除を目指している。そしてそれは、「復興はソロモン人自身のイニシアチブであるべき」という大義名分以上に、自らとその側近による集権体制を目指しているものであった。 現在のソロモン政府は、ソガヴァレ首相の志向する「側近政治」により、首相周辺から突然発せられる「指示」に右往左往しているのが現実である。
一方豪州は、高等弁務官追放という屈辱以降、振り上げた拳をおろす機会とタイミングを逸した中で、対応に苦慮している。警察長官ポストを失った以上「首相逮捕」という荒療治は不可能となり、野党側を焚きつけての政権転覆も、現在のところ望み薄である(11)。「援助停止」は国を挙げて取り組んだ対ソロモン支援を自ら否定することになり、ブラフで仄めかすことすら「帰りたければ帰れ」という反応が予期されるためおいそれとはできない。政府内やNGO組織には現政権に憂慮する声も少なくないのだが、国内には「地方開発重視」に期待する声もあり、また「政権発足1年足らずで評価するのは性急すぎ」という意見も依然多い。
こうして豪州は、政府全体の改革とガバナンス強化に向けたイニシアチブを失い、側近政治の悪弊に眉をひそめ、法や手続きを軽視して権力を濫用する首相周辺に憂慮しながらも、有効な打開策を見いだせていない。そしてその結果、政府間で非難合戦をする一方で、各セクターへの援助は以前と変わらず実施されている状況が続いている。また、台湾(12)を除く他の主要援助国・機関も、ソガヴァレ政権の独善的な志向に困惑しつつも、人権弾圧や大っぴらな汚職が発覚しているわけでもないため、今のところ「撤退」「プロジェクト延期」等の動きはなく、これまで通りの支援を粛々と継続しようとしている。
豪州は、昨年暮れから新任のRAMSI特別調整官、駐在高等弁務官を相次いでホニアラに送り込んだ。この新しい現場指揮官がどのような動きを見せるのか、しばらく注視する必要はあるが、今後しばらくは、豪州がRAMSIを通じて主導してきたソロモンの行政改革やガバナンスの強化は、かなりやりにくい状況が続くと思われる。
(1) 豪州の対ソロモン支援について簡単にまとめておく。現在の豪州の対ソロモン支援は、AusAIDを通じたものに加え、警察、財務、国防等各省がそれぞれの省予算で(つまりAusAIDを通じることなく)実施しているものがある。これらの大半はRAMSIとしての人員派遣経費及びRAMSIの名の下で行われるプロジェクト/プログラム経費である。RAMSI派遣以降は、これがら豪州支援の主要な部分だが、AusAIDはRAMSIとは別にAusAID独自のプログラムとして実施している案件もある(例:留学生支援)。そして豪州は、これら全体を「豪州の対ソロモン支援」として対外発表している。ちなみに豪州側からの正確な数字は発表されていないが、ソロモン側の推計では、豪州支援の7割以上は派遣豪州人の人件費に要しており、ソロモン側にはこれをもって、「豪州は援助しているといいながら、実際はそのほとんどを自国に持ち帰っている」と批判する声がある。
(2) ケマケザ元首相に対しては、権力を失ったのちの2007年10月に脅迫容疑での裁判が始まった。
(4) たとえばその後暴動を扇動したとして逮捕されることになるダウサベア候補(中央ホニアラ選挙区=当選)は、支持者に対して「RAMSI警察は追い出す。収監されているミリタントは皆解放する」という公約を掲げた(同選挙区の選挙区民から聴取)。しかしこうした極端な主張は新聞紙面を飾ることはなかった。
(5) 第一回投票ではタウシンガ22票、リニ17票、ソガヴァレ11票。決選投票ではタウシンガ23票、リニ27票だった。ソガヴァレは直後の取材で、決選投票では自分はタウシンガに投票したが他の10名はリニ支持に回った、と語っている。
(6) ちなみにソガヴァレ首相はのちに、同首相が進めようとしている暴動調査委員会設置を豪州が強く批判していることに関し、「豪州は、調査によってRAMSI警察(ほぼイコール豪州警察)の失敗が明らかになるのを恐れているからだ」とした(2006年9 月17日のSIBCを通じた発言)。実際には「警察によるダウサベアラ2議員への捜査をストップさせるためのもの」との動機が流出した閣議文書から暴露されたが、確かにRAMSI警察の対応に不手際があったのは事実だとの声は現地では強い。筆者に対してもあるソロモン人警察幹部が、「暴動の際に豪州人たちが我々(ソロモン人警察幹部)の意見を聞いてくれたらあんなことにならなかったはずだ」と、非公式の場で話したことがある。
(7) 9月には10~20歳代のギャング団による連続押し込み強盗事件が発生、こののちキャッスル警察長官は外交団に対し、犯罪発生件数が年初に比べ倍増していると語った。
(8) 本論とは直接関係はないが、同年11月に同じく暴動の起きたトンガと異なり、ソロモン諸島では暴動参加者の摘発・逮捕はほとんど進んでいないことも指摘しておきたい。また、この暴動が自然発生的なのか、何者かが仕組んだものなのかは、未だに解明はされていないが、ソロモンでは必ずしも中国人が日頃から憎悪の対象になっているとは思えないところから、筆者は多分に仕組まれ扇動されたものではなかったかと考えている。この点については別途いずれ詳しく論考してみたい。
(9) 但し、ケマケザ首相が「サボタージュ作戦」によって進めなかった、連邦制を軸とした新憲法の制定(武装各派と政府との和平協定であるタウンズビル協定での合意事項であり、政府は進める義務を負っている)について、ソガヴァレ首相は推進する意向を示しており、これは、筆者の知る限り豪州の望むところではない。
(10) 暴動発生直後、「豪州コール高等弁務官が、リニ首相誕生は好ましくないと語った」と記された豪州人アドバイザーの電子メールが暴露され、これが内政干渉にあたるとして暫時問題になったことも付記しておく。
(11) 10月の内閣不信任案審議では、与党側議員から公然と「野党は豪州の意を汲んだ傀儡」、「豪州は内政干渉を試みている」等の激しい豪州批判演説が行われ(これを国民はラジオにかじりついて聞いていた)、野党側の切り崩し工作は完全に失敗、ソガヴァレ首相は造反者をほとんど出さぬまま悠々と不信任を乗り切った。
(12) 台湾は逆に現政権と親密な関係を築き、コンディショナリーの低い資金援助を増額させてソガヴァレ政権から重宝されるとともに他ドナーの顰蹙を買っている。