フィジー「人民憲章」(PCCPP)と民主制復帰について
苫小牧駒澤大学教授 東 裕(ひがし ゆたか)
はじめに
2008年8月6日、「より良いフィジーをつくるための国民会議」(以下、「国民会議」という。)(National Council For Building A Better Fiji:NCBBF)は、フィジー「改革、平和、および進歩のための人民憲章」(以下、「人民憲章」という。)(People’s Charterfor Change, Peace and Progress:PCCPP)草案(5 AUGUST 08)を発表した。本稿では、この「人民憲章」草案の概略を報告する。
バイニマラマ暫定政府首相は、かねてより「人民憲章」の内容が実施されることが総選挙の前提であると言及し、とりわけそこで勧告されるであろう新選挙制度の下で民主制復帰のための総選挙が行われるべきであると強調してきた。この流れの中で、2008年8月6日に「人民憲章」草案が発表されてから10日後の8月18日に、総選挙は「人民憲章」草案で勧告された新選挙制度の下で実施されるべきで、その準備には12か月から15か月を要すると語った(Fijilive,Aug.18,2008/PIR,Aug.19,2008)。
この発言により、2009年3月に予定されていた総選挙が延期が濃厚となり、軍事政権が政権維持のため民主制復帰を先延ばしにした、との批判的な受け取り方が目下のところ支配的であると思われる。
しかしながら、「人民憲章」草案に示された内容を見る限り、このような見方は皮相な見解であるといえなくもない。過去20年間の中で繰り返された「クーデタ→暫定政権→総選挙実施→民主制復帰→クーデタ」といういわゆる「クー・サイクル」(Coup Cycle)の連鎖を断ち切り、安定した民主制を実現するための、いわば立憲民主政治の前提条件を指し示す「人民憲章」は、軍事暫定政権の下で準備されたという出自とは別にその内容を客観的把握したとき、フィジーにおける民主政治の実現にとって有益かつ不可欠の提案として高く評価されるべき文書ともいえる。
総選挙に先立ち、「人民憲章」で提案された新選挙制度の実現に固執するバイニマラマ暫定政府首相の姿勢を、単に軍事政権の延命を図るものと断定するのは時期尚早だとおもわれる。安定した民主主義社会の実現を図るための条件整備というバイニマラマ暫定政府首相の主張は、「人民憲章」の内容を見る限りでは、たんなる政治的スローガンとして切り捨てるわけにはいかない。その実現可能性はさておき、「人民憲章」の提案内容は、フィジーの国家建設、安定的民主社会の実現にとって重要な政策提言を数多く含んでいることは間違いない。ここにその概略を紹介する所以である。
1.「 人民憲章」作成の背景と経緯
「人民憲章」の作成が必要となった政治的・経済的・社会的背景、およびその経過について、「国民会議」(NCBBF)は、次のように説明する。
(1)「人民憲章」作成の背景
およそ過去20年間のフィジー経済は、1987年および2001年のクーデタによる政治的混乱の中で大きな落ち込みを経験し、そのたびに政治的安定の回復と経済成長の再生努力によって復活を遂げたが、いずれも長く継続することはなかった。統治の失敗の原因は、今日も継続中の政治的不安定、憲法で保障された原住民の農地借地条項の行き詰まり、および原住民フィジー人とインド系フィジー人の間での信頼関係の衰退に帰される。これらがその他の要因と相俟って、犯罪の増加と高度な技術を備えた労働者の海外への大量流出につながったのだ。公共部門の効果と効率ならびにその規模の大きさが多大の批判を浴び、フィジー共和国軍(FRMF)の役割が20年間で4回に及ぶクーデタを経た現在、曖昧なまま覆い隠されている。統治機構は、根本的な見直しを必要とされている。
(2)「人民憲章」作成の経緯
このような背景の中で、2007年1月、大統領は暫定政府に事態を打開し、進展させる任務を与える。これを受けて、内閣は2007年9月の第25回閣議において、「改革と進歩のための人民憲章」(PCCP)によって、「すべての国民にとってのより良いフィジー建設」のための国民発案(national initiative)を行うという提案を了承した。
次いで、暫定政府は大統領に対し、この目的のために「国民会議」(National Council)が設置を進言し、大統領は、2007年10月10日に45名のメンバーからなる「より良いフィジーをつくるための国民会議」(National Council for Building a Better Fiji(NCBBF)設置のための措置をとり、同時に「改革と進歩のための人民憲章」(PCCP)の発案が、大統領から公式に発表された。「国民会議」(NCBBF)への参加要請状は2007年11月12日から送付された。大統領によって最初に設置された「国民会議」(NCBBF)は、広範な領域に基礎を置く包括的なメンバー構成で、フィジーのすべての主要組織(コミュニティー・社会・市民・宗教・企業・政治)の代表者と指導者を含んでいたが、メンバーに選ばれた何人かの主要関係者が、招聘にもかかわらず参加しなかった。
2008年1月16日、「国民会議」(NCBBF)の設立会議が開催された。大統領からの委任を達成するため、「国民会議」(NCBBF)は、その「技術事務局」(Technical Secretariat)を含めて、暫定政府から独立して機能すべきこととされた。第1回会議において、「国民会議」(NCBBF)は二つの主要な段階を経て、「人民憲章」草案の作成に着手することが決定された。
(3)「SEN報告」と「人民憲章」
「人民憲章」作成の第一段階は、包括的で、事実に基づく、問題の診断に役立つ, 前向きな、「国家およびその経済の状況に関する報告」(以下、「SEN報告」という。)(Report on the State of the Nation and the Economy (the SNE Report))の作成であった。この「SNE報告」は、フィジーの政府システム、憲法、法律、経済および資源開発政策、リーダーシップの価値、コミュニティー間関係、および制度改革に関する変更点について、勧告リストを提供した。
第二段階は、「国民会議」(NCBBF)が「人民憲章」草案(draft People’s Charter)を準備することであった。この作業は、「SNE報告」中の確認された事実と勧告に基づいて記述することによってなされ、また国内の国内の隅々に至る1000以上の大小の村落レベルで行われた「NCBBF」活動と諮問の成果をフィードバックしたものでもあった。「SEN報告」の準備は、広範で、全国的な諮問と参加を通じて実施された。こうした参加プロセスを容易にするために、「国民会議」(NCBBF)は、英語版・フィジー語版・ヒンズー語版の「諮問資料」(Consultation Document)を作成し、2008年2月に発行し全国に広く配布した。「諮問資料」は二部構成で、第1部はフィジーの現状、第2部はフィジーの諸問題の原因とその概略を示し、そして検討の必要がある多くの喫緊の問題と争点を掲げた。
「人民憲章」作成過程は、すべての階層の人々を含む全国民参加の試みであり、フィジーに深く根ざす、複雑かつ根本的な諸問題を表出した。議会制民主主義に基づく統治、安定、および平和をフィジーにおいて回復し維持するために、このプロセスには、すべての関係者の緊密な関与が不可欠であり、その中には「国民会議」(NCBBF)のすべてのメンバー、とりわけ暫定政府のメンバーの関与が不可欠であった。
2.「人民憲章」の目的
「人民憲章」の目的は、フィジーを人種差別のない、文化的活気に満ちて一つにまとまり、よく統合された、真の民主国家として再建することであり、そして能力主義に基づく平等な機会と平和を確保し、進歩と繁栄を求める国家にすることである。
この不可欠の目的を支えるフィジー再建のためのビジョンは、次の主要原則によって導かれる。
①公正かつ公平な社会(a just and fair society)
②統合と国民意識の達成(achieve unity and national identity)
③フィジーのすべての市民のための能力主義に基づく機会の平等
(meritbased equality of opportunity for all Fiji citizens)
④透明で責任ある政府(transparent and accountable government)
⑤すべてのコミュニティーにおける恵まれない人々の地位の向上
(uplifting of the disadvantaged in all communities)
⑥近代的で進歩的なフィジーにおいてフィジー先住民を主流とすること
(mainstreaming of the indigenous Fijian in a modern, progressive Fiji)
⑦精神性の共有と宗教を異にする者の間での対話
(sharing spiritualities and interfaith dialogue)
3.「国民会議」の組織構成
国民会議は、暫定政府首相のバイニマラマ(Commodore Voreqe Bainimarama)とペトロ・マタザ大司教(Archbishop Petero Mataca)が共同議長を務め、その他に主要政党、労働組合、業界団体、市民団体、地域評議会など代表メンバーで構成される。その組織は、以下に紹介するように、3つの作業部会(NTT1~NTT3)に分けられ、NTT1の下にWG1~WG3、NTT2の下にWG4~WG6、NTT3の下にWG7~WG9、という形で9つの専門調査委員会(WG1~9)が設置されている。そして、その下に全体の技術支援を行う「技術および支援事務局」(Technical and Support Secretariat(TASS))があり、この事務局長を務めるのが元インド系フィジー人で現在NZに居住するジョン・サミー(John Samy)氏である。同氏はアジア開発銀行(ADB)で19年間の勤務歴を有する開発経済の専門家で、「人民憲章」の作成にもっとも関与している。
(1)作業部会
この「SNE報告」を実行するために、「国民会議」(NCBBF)の構成員による3つの「国民作業部会」(National Task Teams (NTTs))が設置された。それぞれの部会は、次の広範な領域の一つについて、分析と問題解決の責任を負う。
①第1作業部会(NTT1)
良い統治(Good Governance) (法的・政治的・制度的・憲法的改革(Legal, Political, Institutional & ConstitutionalReforms))
②第2作業部会(NTT2)
経済成長(Growing the Economy)
③第3作業部会(NTT3)
社会的・文化的意識および国民形成
(Social Cultural Identity and Nation Building)
(2)専門調査委員会
さらに、この三つの作業部会の中に9つの「専門調査委員会」(Working Groups (WGs))が置かれ、それぞれ次の優先事項について焦点が合わされる。
①第1専門調査委員会(WG1)
統治・リーダーシップ・憲法および選挙改革
(Governance, Leadership, Constitutional & Electoral Reform)
②第2専門調査委員会(WG2)
公共機関および公共部門改革(Institutional & Public Sector Reform)
③第3専門調査委員会(WG3)
国家発展におけるフィジー治安維持組織の役割
(The Role of Fiji’s Security Forces in National Development)
④第4専門調査委員会(WG4)
より強い成長、より大きな公平と持続可能性を達成するための政府、 民間部門、市民社会の役割の明確化
(Clarifying the Respective Roles of Government, Private Sector & Civil Society to achieve stronger growth, greater equity & sustainability)
⑤第5専門調査委員会(WG5)
金融サービス部門の発展(Development of the Financial Services Sector)
⑥第6専門調査委員会(WG6)
資源関係部門の発展(Development of Resourcebased Sectors)
⑦第7専門調査委員会(WG7)
貧困・社会正義および人権(Poverty, Social Justice & Human Rights)
⑧第8専門調査委員会(WG8)
教育・保健および住宅の基本的ニーズの充足
(Meeting Basic Needs: Education, Health & Housing)
⑨第9専門調査委員会(WG9)
国民形成における国民意識並びに宗教および文化の役割
(National Identity & the Role of Religion & Culture in National Building)
(3)作業部会と専門調査委員会の作業
「専門調査委員会」(WG)を通じて、「作業部会」(NTT)は、さらに社会の様々な部門から参加者を招聘し、「SNE報告」と「人民憲章」草案の作成に当たった。200人近い人々が「専門調査委員会」(WG)に参加し、その多数は政府外からの参加者、すなわち市民団体、各種専門職、民間部門、および学界からの参加者であった。
「専門調査委員会」(WG)の作業は、地元専門家と「国民会議事務局」(NCBBF Secretariat)によってその大半が書かれた詳細な「争点および議論文書」(Issues and Discussion Papers (IDPs))を下敷きに行われた。
2008年5月下旬から6月初旬にかけて、これらの作業終了し、それぞれの「専門調査委員会」はその討議結果を各所属作業部会に報告し、そこで各専門調査委員会答申の間の矛盾ないしは重複した問題が報告され、解消された。
「SEN報告」は、9 専門調査委員会と3作業部会の分析と討議の結果を報告したものであり、フィジーにおける1000以上の大小村落レベル、およびすべての都市中心部で行われた外部活動および諮問を通じて得られた成果のフィードバックでもある。
4.「人民憲章」草案の構成
(1)序文
「人民憲章」草案は、全39頁から成る。まず、序文に相当する部分(2-3頁)で、フィジー国民が一つの国家、一つの国民として、新たな時代の夜明けを迎えることが高らかに謳いあげられ、それに続き、次の4つの宣言が掲げられる。
①フィジー国民は、憲法が国家の最高法規であり、憲法は政府及び国民の行動枠組 みであることを確認する。
②フィジー国民は、「改革、平和、および進歩のための人民憲章」によって、すべての国民のためのよりよいフィジーを再建するため、みずから心よりすすんで関与する。
③「人民憲章」は、フィジー国民がお互いにみずからの態度・思考・生活様式・統治様式を改めるための公約(commmitment)であることを宣言する。
④すべての階層における指導者が国民の意思を表明する「人民憲章」に関与することを促し、そしてそのことを通じて、われわれは憲法を強化し、一つの国、一つの国民としてわれわれの国家を再建する堅固な基礎を築くことを求める。
(2)「価値、構想、そして原則の共有に基づく共通利益のための基礎」
次に、「価値、構想、そして原則の共有に基づく共通利益のための基礎」(Foundation for The Common Good Based on Our Shared Values, Vision and Principles)[4-5頁]として、8つの項目が掲げられ、その6番目で「共通利益」が次の8原則・熱望によって構成されているとする。
①すべての市民の平等と尊厳、②異なる文化、宗教及び哲学的信条の尊重、③一つの共通目的及び市民権による国民統合、④良好で公正な統治、⑤持続的経済成長、⑥社会的・経済的正義、⑦基礎的必要及びサービスへのアクセスを含む発展の利益への公平なアクセス、⑧能力主義に基づくすべての国民の機会の平等。
(3)「ともに前進するために」
その次に、「ともに前進するために」(Moving Forward Together)[6-9頁]として、21項目にわたるパラグラフが掲げられる。ここでは、現在のフィジーが抱えている問題は根深く複雑なものであるが、その問題をすべての国民がお互いに協力し合ってよりよいフィジーを再建することが目的である旨が述べられ、そのためには、人種差別すなわち偏狭な民族的考慮に基づくあらゆる不公正なシステム、政策およびプログラムが早急に除去される必要があるとする。
そのため、民主的統治を強化し維持するための自由かつ公正に選出された国民の代表で構成される国会が必要であり、また、国会に責任を負う政府、独立した司法権、法を公正に執行し政府に責任を負う治安維持組織(Security Forces)、憲法に沿った国会といった存在が必要となる。そのほか、公共サービス、メディア、市民団体、人間の安全保障、経済成長、原住民土地所有者、教育と知識を基礎とする社会、資源の活用、国際協力、人権等について言及され、最後に「人民憲章」は今日及び将来のフィジー国民にとって、改革、平和および進歩のための公正かつ公平な枠組みを提供するものであると我々は信ずる、と結ばれる。
(4)フィジー再建のための主要な支柱
「フィジー再建のための主要な支柱」(KEY PILLARS For REBUILDING FIJI)(10-35頁)として、次の11項目が掲げられる。この部分が、この「人民憲章」の眼目であり、この各支柱(PILLAR 1-11)の中で、それぞれの「喫緊の問題及び争点」(Critical Problems and Issues)と「前進のための方策」(The Way Forward)が明示され、それぞれの問題の所在とその具体的な解決策が提示されている。
①PILLAR 1 持続可能な民主主義と良好かつ公正な統治の確保
(Ensuring Sustainable Democracy and Good and Just Governance)
②PILLAR 2 共通の国民意識の形成と社会的結束の構築
(Developing a Common National Identity and Building Social Cohesion)
③PILLAR 3 効果的で良識と責任あるリーダーシップの確保
(Ensuring Effective, Enlightened and Accountable Leadership)
④ PILLAR4 公共部門の効率・遂行能力・有効性およびのサービス提供の促進
(Enhancing Public Sector Efficiency, Performance Effectiveness and Service Delivery)
⑤PILLAR 5 持続可能性を備えたより高い経済成長の達成
(Achieving Higher Economic Growth While Ensuring Sustainability)
⑥PILLAR 6 生産および社会的目的のためのより一層の土地活用
(Making More Land Available for Productive and Social Purposes)
⑦PILLAR 7 地方レベルにおける統合された開発構造の展開
(Developing an Integrated Development Structure at the Provincial Level)
⑧PILLAR 8 2015年までに無視できる水準に貧困を減少させること
(Reducing Poverty to a Negligible Level by 2015)
⑨PILLAR 9 フィジーを知識に基づく社会にすること
(Making Fiji a Knowledgebased Society)
⑩PILLAR 10 保健サービス提供の改善
(Improving Health Service Delivery)
⑪PILLAR 11 グローバルな統合と国際関係の強化
(Enhancing Global Integration and International Relations)
5.民主化のための提案
ここでは、2009年に予定されていた総選挙と最も関連の深いPILLAR1の①持続可能な民主主義と良好かつ公正な統治の確保(Ensuring Sustainable Democracy and Good and Just Governance)を取り上げ、紹介する。
(1)選挙制度改革
現行の選挙制度は、民族差別的であり非民主的であると評価する。現在採用されている民族別代表議席制は、有権者一人ひとりの投票価値の平等を保障すべき選挙原則に反する不平等な制度であり、この制度が「クーデタ文化」(coup culture)と民族主義に基づく政治を生みだしフィジーの国家発展を阻害しているとの認識に立ち、民族を越えた「一つの国民、一つの国家、一つの国家国民意識」の形成を促進するために、自由で公正な選挙制度の必要性を説く。そして、具体的に以下の提案がなされる。
①憲法及び選挙法(1998年)で定められた民族代表方式を廃止し、今後のすべて の選挙において民族区分のない選挙人名簿(共通名簿)による選挙方式(common roll system)とすること。
②自由で公平かつ公正な選挙を通じて表明される国民のすべての利益と希望が代表されるような公正な投票システムを作るため、非拘束名簿式比例代表制(Open List Proportional Representation(PR))による選挙制度を採用すること。
③何人も人種・宗教・性別または境遇を理由として、政党によって差別されることがないようにする特別な反差別措置を選挙関係の法律に導入すること。
④現行憲法に規定されている義務的権力共有制度を廃止すること。
⑤選挙権年齢を21歳から18歳に引き下げること。
⑥選挙人名簿の強制登録制は維持し、強制投票制は廃止すること。
⑦反差別法(Anti-Discrimination Act)を制定すること。
⑧国民の意思によって時宜に応じて改正可能とするため、選挙制度の規定を憲法から外し、法律で定めること。但し、民族別でない投票、選挙権の平等、および比例代表制の採用については憲法に規定すること。
(2)良好かつ公正な統治
より高い透明性(transparency)と説明責任(accountability)を含み、腐敗と戦うような良好かつ公正な統治を確保するために、以下の提案がなされる。
①議会及び議事手続きを通して、政府はフィジー国民に対し十分な説明責任を果たすこと。そのために、
(ⅰ)政府提出の法案や政策を十分に精査する能力を備えた強い効果的な野党の創出。
(ⅱ)党派的でなく国民と国家の利益を念頭に置き、本会議提出以前に案件を熟慮する手段と能力をもつ委員会制度(Parliamentary Committee system)の採用。
(ⅲ) 適切かつ適正な考慮により受理される請願と提案によって国民が議会にアクセスできるようにすること。
②フィジー国会は、独自にまたは憲法によって設置された独立の機関を通じて、十分に行政統治についての監督する能力を有しなければならない。そのために、
(ⅰ)広範な調査権を有する十分な能力を備えた独立のオンブズマンを置くこと。
(ⅱ)十分な能力を備えた独立の「フィジー人権委員会」(Fiji Human Rights Commission)の設置。
(ⅲ)十分な能力を備えた独立の「会計検査局」(Auditor General’s Office )の設置。
(ⅳ)十分な能力を備えた独立の「フィジー反腐敗独立委員会」(Fiji Independent Commission Against Corruption)の設置。
③政府が国民の名において行っていること、および税について国民が知りうるよう に、政府は十分な詳細を記した政府広報を適切な時期に発行しなければならない。
④「情報の自由法」(Freedom of Information legislation)の制定および「メディア審 判所」(Media Tribunal)の設置。
(3)「クー・サイクル」の解消
クーデタの循環(cycle of coups)を解消するために、13項目に及ぶ基本原則が掲げられ、フィジー共和国軍の役割の見直しが提唱されている。
①民族主義ナショナリズム、リーダーシップ、良い統治、人権および国民的和解に向けた改革を含む戦略を基礎とした、次の13原則を採用し適用する。
・クーデタの政治的、経済的および社会的条件を除去し、クーデタに対する制裁を強化すること。
・対話、寛大およびクーデタによって影響を受けた集団と個人に対する適切な紛争解決メカニズムを通じた真の国民的和解を構築すること。
・フィジー共和国軍(RFMF)をより国民に身近なものとするため、その役割を再定義すること。
・公的リーダーシップの変革。
・憲法に定める重要な価値を侵害する行為に荷担した政党に対する解散命令を含む制裁権を裁判所に付与すること。
・個人、共同体、制度および国家レベルにおける民族間関係の改善。
・国の安全に対する公的説明責任の拡大。
・選挙改革の実行。
・国の諸制度、民間部門及び市民団体において、特に「法の支配」への支持を強化するため、説明責任と透明性を向上させること。
・クーデタは不正かつ不法であること、および民主主義と「良い統治」の問題について国民の認識を向上させるための市民向けプログラムを確立させること。
・もっともクーデタに関与しがちな民族主義ナショナリストおよび宗教原理主義者のような個人や集団および組織を、それぞれ更正または改変すること。
・宗教と国家の分離を確保すること。
・すべての統治の局面へのより一層の国民参加を容易にすること。
②「人間の安全保障」(Human Security)を含むよう「フィジー共和国軍」(RFMF)の役割を再調整すること。
そのため、フィジー共和国軍の有する専門的、技術的および社会的潜在能力を十分に発揮することで開発におけるフィジー共和国軍の役割を強化し、フィジー共和国軍とコミュニティの両者による開発協力を促進する。これは「国家青年サービス」(National Youth Service)の実行によって、とりわけ地方農村部の生物多様性の保護並びに基礎的社会資本の修復と開発は拡大された「技術部隊」(Engineering Corps)によって、それぞれ達成される。
(4)法と秩序の状況の是正
犯罪の増加に伴い、法と秩序を強化することが民主社会形成の基礎的条件の一つと把握されているとみられる。そのため、以下の具体的目標が提示されている。
①刑法犯の総発生率を減少させること。
②女性と子供に対する犯罪率を減少させること。
③犯罪との戦いを妨げる法律の改正。
④知能犯罪および国境を越えた安全問題を含む犯罪に立ち向かう能力強化を図ること。
⑤選択刑判決、コミュニティサービス、および修復的司法(restorative justice)などの方法により、囚人数を減少させること。
6.今後の展望-「人民憲章」の実施と総選挙
以上、「人民憲章」草案の成立に至る経過と同草案の全体像を簡単に紹介した。今後、この草案は8月から9月上旬にかけて全国レベルで国民の諮問に付し、10月10日に大統領に提出された後、10月15日には国民投票にかけられる予定となっている。したがって、正式に「人民憲章」が国民の承認を得てその効力を発揮するのは、10月10日以降となるとみられる。そうなると、「人民憲章」の中で提案された選挙制度改革等が具体化され、2009年3月に総選挙を実施することは、日程的にみてきわめて困難であると思われる。しかし、「人民憲章」の提案内容が相当以前からほぼ明らかになっており、「人民憲章」の成立発効後の総選挙実施をバイニマラマ暫定政権首相が年初来繰り返し発言していることからみて、暫定政府部内で選挙制度改革の素案が早い段階から準備されている可能性も皆無であるとは言い切れない。とはいえ、常識的にみて、この可能性は低い。やはり、8月18日のバイニマラマ暫定政権首相の発言通り、新選挙制度での総選挙実施となると、その時期は当初予定より数か月遅れにならざるをえないだろう。
では、この総選挙時期の延期をどう評価すべきか。すなわち、軍事政権の延命を図るための民主制復帰の引き延ばしにすぎないと理解するか、それとも真の安定した民主主義の実現のためのやむを得ざる遅延とみるべきか。ここ10数年来フィジー政治を観察してきた筆者としては、どちらかといえば後者の立場をとりたい。勿論、「人民憲章」で提案された内容が具体化されれば、直ちに真の安定した民主主義がフィジーに実現するとの楽観は毛頭ないが、それでも、フィジーの民主的発展がまた一段階すすむことは間違いない。
およそ過去20年間のフィジー政治の歴史は、4回のクーデタにみられるように、混乱と不安定が常につきまとった。しかし、クーデタ後には、その実行者と政権の座を奪われた勢力との間での話し合いが行われ、軍事政権は文民政権へと権力を移譲し、民主制へと移行する。このような過程を経験することで、遅々とした歩みであるが、フィジーは着実に政治的進化を遂げている。その成果の一つが1997年憲法である。そして、太平洋島嶼国において、独立時の憲法から脱却し、旧宗主国の影響から離れた「自主憲法」を制定した国はこれまでのところ、フィジーだけではないか。
こう考えると、過去にみられたように、総選挙の実施を性急に要求し、それが実現されないと制裁措置の発動だ、といった対応は、「大国」の傲慢ともいえよう。フィジーにはフィジーの流儀、パシフィック・ウェイがあることに思いを致すべきではないか。当初予定より遅延しても必ず総選挙は実施される。問題は、むしろ「人民憲章」の提案が、きわめて「進歩的」過ぎる点にある。
選挙制度改革提案に限ってみても、個人の投票価値の平等の実現とそのための民族別議席制と民族別選挙人名簿の廃止は、これまで論じられてきたが先住民系の政治的利益を考慮して実現しなかった「大改革」である。現在の民族別人口構成比を前提に比例代表制を導入するなら先住民系フィジー人がインド系フィジー人に「支配」される事態は起こりえないが、民族主義的プロパガンダによって先住民系フィジー人の反発が喚起されないとも限らない。
しかし、こうした危惧を別にすれば、「人民憲章」の内容自体は、西欧先進国の立場から見てもすぐれて進歩的なもので、高く評価されるべきものである。クーデタによって成立した軍事政権であるとしてあくまで政権の正当性を問い、総選挙の実施すなわち民主制復帰という見解に固執する立場は、フィジー独自の発展ペースへの配慮を欠いた、あまりにも浅薄な民主主義観の強制であるといわざるをえないだろう。
このような対応は、却って新たな混乱を惹起しかねないとおもわれる。
[参考文献]
・Fiji Draft Peoples Charter for Change, Peace & Progress, & The State of The Nation and Economy Report, August 2008.
・The Man Guiding the People’s Charter,Tutaga, February 2008, pp.4-12.
・NCBBFのWebページ(http://www.fijipeoplescharter.com.fj/)