トンガ経済と海外送金
研究員 長戸結未(ながと ゆみ)
なお、今回の現地調査は国内全人口の7割が集中しているトンガタプ島に限られたが、直接調査できなかった島々については統計、その他文書資料を使用することで、トンガ全体の把握に努めた。だが本論では諸島間の格差やそれに伴う諸問題を検討するには至らず、その点は今後の課題としたい。
トンガ経済は島嶼国としての極小性、狭隘性、辺境性に加え、著しい入超とそれを賄うための莫大な海外からの送金で特徴付けられる。人口約10万人、国土約747平方キロメートルのトンガにおける2006年のGDPは、2億2300万ドルだった(表1参照)。また、同年の海外送金総額が1億4600万ドル、輸出総額が900万ドル、輸入総額が1億1500万ドル、財政援助は500万ドルであった。今日、トンガの日常生活にはオーストラリア・ニュージーランドや中国からの輸入品が多く見られるが、送金総額は輸入総額よりも多い。同時に、送金総額が税収などの政府歳入6200万ドルの二倍以上となり、海外からの送金がGDPに大きな影響を与えていると分かる。
表1:トンガのGDP,輸出入、歳出入 1190年~2006年(US$)
表2の国際収支表を見ると、収入では経常私的移転額が、支出では輸入額が突出している。この経常私的移転収入は同銀行の年次レポートで発表されている流入送金額(表6参照)と一致する。また、現地調査中にインタビューした同銀行のリサーチマネージャーも経常私的移転収入が送金受領額だと言っていたことからすれば、これが銀行経由で流入した送金総額と見て良いだろう。ならば、やはり海外からの送金額は膨大で、それだけでも貿易赤字を解決するほどである。さらに、送金は資本収支の黒字額の3倍以上にもなるのだから、まさにトンガ経済に不可欠な存在になっている。送金の影響が経済だけにとどまらず、政治、伝統文化や社会の変容とも関係しているという理由がこれで理解されるだろう。
人・モノ・情報の移動がますます常態化する国際社会において、海外移住者からの送金が受領者の生活を支え国家経済を膨張させるケースは、太平洋島嶼国に限らず多くの途上国で見られる現象である。しかし実際は送金記録資料の不備、送金方法の多様性、送金に類似した取引などがあり、送金の実態を正確に捉えるのは難しい。こうした状況はトンガでも同様で、本論も政府、国際機関、研究機関やメディアなど限られた資料からの追究となった。
第二次世界大戦後、世界の各国が国家として独立を果たしていくなかその波動は1960年代から太平洋地域にも訪れ、島嶼国の伝統的社会構造とは異質な近代国家形成が進められた。トンガにおいても国際社会との間に人・モノ・情報の流動が盛んとなり、伝統的な自給自足経済とは異なる貨幣経済が出現したのである。にもかかわらず天然資源を保持しない極小国家での近代的な産業開発は難しく、雇用機会は公的機関や小規模生産による不安定な賃金労働に限定されていた。トンガのGDPから見た産業構造とその推移は以下の通りだが、第二次産業が乏しく第三次産業の割合が顕著となっている。
1960年代後半に少しずつ海外移住が始まると、移住した親族などからの送金は一過性を持つものではあるが断続的に島内経済を刺激し始め、この傾向は急速に拡大した。南太平洋の送金事情を研究するクイーンズ大学のブラウン教授らは、1970年初期には海外送金がトンガの国民生活資金に占める割合は高くなり、1980年から1985年の間に倍増していったと報告している(Brown, R. P. C., & Ahlburg, A. D., 1999年, p. 329(1))。国民は近代文化に魅了され、貨幣による消費文化は肥大化した。そのため貨幣経済は島嶼国に国際社会との統一性や互換性を与えるだけでなく、主食を芋類からパン・麺類へ、魚食から肉食へと食文化まで変容させた。つまり農漁産物に限定された輸出とは反対に、食品、燃料、衣料、建設材など生活に必要なあらゆるものが輸入され、国民生活の輸入依存度は高まる一方であった。それと並行して、海外送金総額も増加し続けた(表4参照)。
トンガではトンガ準備銀行が中央銀行の役目を果たしており、表5に示す商業銀行やトンガ開発銀行を統括している。同行は、海外からの送金受領額の推移を表6や表7の様に記録・公表しているが、この額は国際機関などが報告する送金額よりも低いのが常だ。それは、トンガ準備銀行が金融機関を通しての送金に限って送金総額を算出しているのに対し、国際機関などは手渡しのようなインフォーマルな送金方法や物的支援も「送金」換算しているためである。
例えばニュージーランドやオーストラリアとは往来が比較的容易で短期出稼ぎ制度も整っているため、金融機関を利用せず帰国時に外貨を持参する場合が多いはずで、この場合は海外送金としての記録は残らない。それに対しアメリカとは距離があり、渡航費用も高く滞在期間が長くなる傾向などを考慮すると、金融機関や送金会社を利用する方が多いと考えるのが合理的だろう。これなら記録に残るであろうし、送金調査にも反映しやすい。送金の全容を理解するには、このような国や地域別の事情も考慮する必要がある。
トンガの銀行では、日本円も含め外貨の両替が容易に出来るため、多くの人は帰国の際に外貨のまま現金で持ち帰る。冠婚葬祭などで一時的に送金をする場合、送金側は送金額とその手数料、緊急性、アクセシビリティなどを考慮して送金業者を選択しているのであろう。なかでも、手数料は割高だがほぼ即時に送金が可能で、世界各地に支店を持つウェスターン・ユニオンは人気がある。
現在、国外で生活するトンガ人は10万人以上だと推測されている。アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアに確認されるトンガ人口(表8参照)から推定されるだけで約10万人となり、それ以外の国に住む人々、二世以降や混血層、さらに違法滞在者などを含めるとより多くなる。アメリカの移民政策研究所(Migration Policy Institute)によると、国外で暮らす全トンガ人口の4割をアメリカ、もう4割をニュージーランド、残りの2割をオーストラリアが占めている。在外トンガ人全体の94パーセントがニュージーランド、アメリカ、オーストラリアに居住しているという同研究所とほぼ同様の報告もある(McKenzie. D., Gibson. J., & Stillman. S., 2006, p.7)。また、1960年代後半の初期の海外移住者には独身が多く、帰国せず海外に定住する者も多かった。そのため近年では、国外に住むトンガ人の半数以上がトンガを出生地としていない(Lee. H., 2007, p. 158)。次に、ニュージーランド、アメリカ、オーストラリア各国に住むトンガ人について簡単に紹介する。
同政府の統計によると、在留トンガ人の約80パーセントがオークランドに住んでいる(表9参照)。
出所:ニュージーランド政府統計 2008
表10にあるように、ニュージーランドに住むトンガ人は1991年以降5年ごとに約1万人ずつ増加している。この増加傾向から推測すると、2001年に約4万人だった人口は、現在(2008年)5万人を超えているだろう。そして、彼らの多くがこの国で生まれ育っているため、二世、三世が成長する10年後、20年後にはトンガへの送金やトンガ人の伝統的価値観が変容していくかもしれない。このように、伝統的なアイデンティティや文化背景を共有しないトンガ人の出現と彼らの政治・経済的影響力の増大は、今後のトンガ王国自体や国際関係にも影響を及ぼすのではないだろうか。
出所:ニュージーランド政府統計(2008)を参考に作成
2004年、ユタ州のトンガ移民について、「自立できるまでは先に移住した縁故に頼り徐々に自立していくが、彼らの職業は建設業、倉庫での組み立て業、製造業、清掃業などで、最低賃金での労働をしている」と報告されている(Hansen. M., 2004, p. 5.)。2000年の国勢調査に基づき、トンガ人の多いカリフォルニア州、ユタ州とハワイ州のトンガ人人口を示すと以下の如くである。
現在、カリフォルニア州のサンフランシスコにトンガ領事館が設置されている。同州にはハワイからアメリカ本土でのチャンスを求めて移住する人が多く、トンガ人口の増加にも同様の背景があったと見られる。その他の要因は、本調査では明確にできなかった。
オーストラリアは2008年から3年間の試験的なプロジェクトとして、トンガ、ヴァヌアツ、キリバス、パプア・ニューギニアからの出稼ぎを優遇する雇用制度を設けた。同制度により、オーストラリアの農園業社が島嶼4ヵ国から2500人を雇用する。同様の制度がニュージーランドにも存在し、この2大国が島嶼諸国にとって現金収入の場となっている。これは、島嶼国内で近代雇用機会が限定されている事実を物語っていよう。
このように多くの世帯で自給自足経済と貨幣経済を兼摂し、不足する貨幣は海外からの送金に依存する。現金の送金以外には、衣類、生活雑貨、デジタルカメラやパソコンなどの機械類が海外から流入し、それが生活の便利さや近代的刺激・満足感を与えるようになる。しかしそれらは、物質主義に基づく近代文化をますます渇望させ、結果的に送金への依存性を高めていくように私には思えた。いくら海外から政府・個人両レベルでの援助が流入しても、島嶼国にいながら先進国の生活そのものを実現することは不可能に近い。それでも、もはや近代文化や情報の全くない生活には戻れないだろう。これが、極小国家の矛盾なのである。
これらの国家計画によって、様々な開発援助が試みられたが、それによって着実な経済発展には結びつかなかった。2002年、首相府は経済・公共部門改善計画を策定するにあたり財政難について言及している。財政難の具体的な内容として、(1)従来の経費維持が困難なこと、(2)財政の多くが投資や事業でなく働く者の賃金に費やされていること、(3)経済が海外援助や送金に依存しすぎていること、(4)若年層の選択肢が限定されていること、(5)高い失業率やインフレーションが貧困に繋がっていることが挙げられた。
International Journal of Social Economics. Vol23.No.1/2/3.pp.325-344.MCB University Press.
http://www.everyculture.com/multi/Sr-Z/Tongan-Americans.html
【参考文献】
会