トンガ王国の民主化と憲法改正
『憲法・選挙委員会:最終報告』の要点
苫小牧駒澤大学教授 東 裕(ひがし ゆたか)
はじめに
本稿では、この『最終報告』で示された憲法改正の要点、および『最終報告』に至る近年のトンガ民主化の諸提案について紹介する。
1.トンガの民主化と君主制
このように、「民主化」ないし「民主主義」と君主制は概念上矛盾するものではなく、君主制の下での「民主化」ないし「民主主義」があることが、ややもすれば忘れられがちである。女王を戴くイギリスではあるが、イギリスを民主主義国ではないとする論者はまずいないだろう。このことは天皇を戴くわが国においても同様である。
(2)トンガ国民の民主主義理解
例えば、あるトンガ人研究者は、民主化運動に関わる諸勢力の民主主義モデル観について、次のように分析している。
「今日のトンガにおいて明らかなことは、民主化運動は1992年の国民会議(National Convention)に端を発するものであり、そこでは政治家・学識経験者・教会指導者が集い、トンガにおける民主主義の問題、すなわちトンガにおける民主主義の意味と適用が議論されたことである。以来、トンガにおける民主主義については、今日の世界のどこでも見られるように、それを推進しようとする勢力の利害関係によって様々なアプローチが行われてきた。この民主改革に向けた動きは、政治の場面では政治家と一般国民の両者によって推進されてきたが、両者を結ぶ共通の糸は、トンガ国民の大多数を占める一般国民(=平民 commoners)の政治的代表をより拡大することにある。では、そのためにいかなる民主主義モデルを採用するかという問いに対しては、一般国民はこの点を明確に意識していないように思える。多くの民主主義のモデルがこれまでに提唱されてきたが、そのいずれもが国会における一般国民議席(人民議席・平民議席)の拡大を求めるものであり、その中には国王権限の削減を求め国王を日本の天皇や英国女王のような存在にするというものもあった。ところが、民主化運動にかかわるすべての勢力によって受け入れられた一つの民主主義モデルは存在せず、ただ一つ明らかなことは、いずれもが政治過程に対しより多くの一般国民(平民)が参加することが必要であるという点だけである。」(Suka Mangisi, Democracy in Tonga and Japan’s New Diplomatic Strategy, 2008, p.1)
これが、トンガにおける民主化運動の実態であった。つまり、より多くの一般国民代表議席を確保し、一般国民の意思を国会の場で反映できる制度を実現することが、トンガ国民が共通してもつ「民主化」ないし「民主主義」であった。それに伴い、首相を含む大臣の選任に国会の意思を反映できるように国王の権力を制限し、国王を象徴的な存在にすべきであるという「民主化」の主張もあったが、国民の一致した見解とまではいえなかった。
2.近年の民主化提案
②NCPR提案による議席配分は、一般国民代表(人民代表)議席を現行の9議席から17議席に拡大し、貴族代表議席は現行の9議席を維持するが、国王任命議席は廃止する。そして、首相については、一般国民代表議員および貴族代表議員を合わせた26名の議員により選出された者を国王が任命する。
(Lopeti Senituli, The Attempted Coup of 16 November 2006, Government of Tonga, 2006, pp.9-10)
国会の議席については、国王任命議席と貴族議席については現行通りとする一方、人民代表議席を現行の9議席から14議席に拡大するもので、NCPR提案と比較するときわめて現状維持的な案であった。
貴族代表議席を当初の3議席削減の6議席から現行通りの9議席に修正したのは、国民がこの貴族議席の3議席削減案を支持しないことが分かったから、というのがその理由であった。一般国民の間では、貴族制度に対する根強い支持が窺えた。
各提案を比較すると、いずれも貴族代表議席を現行通りの9議席とし、人民代表議席数を増加させた点で一致が見られる。州知事、大臣による国王任命議席については、政府提案だけが現状維持で、その他の提案はいずれも廃止とした。こうして、国会における人民代表議席数の増加と国王任命議員の廃止、および貴族議席数の現状維持によって、国会における人民代表議席の割合が相対的に増加することになった。
人民代表議席 9 17 14 21 17
そして、首相ならびに各大臣の選任において、国王の意思による首相ならびに各大臣の任意の任命に代えて、一般国民の意思が人民代表議員を通じて間接的に反映されることが意図された。具体的には国会における首相指名選挙による首相選出、および首相による各大臣の任命(指名)が、眼目であった。これが民主化運動の要求するところであり、貴族議席(または貴族制度)の廃止や王制の廃止による共和制移行といった要求は皆無といってよい。むしろ、貴族制と王制はトンガの伝統文化であり、国会の構成に置いても、この両者を構成要素とする制度は維持すべきであるという点で、国民的一致がみられる。ただし、この程度の改革であっても、従来の王権を大幅に制限することになり、トンガ王国の「憲法」(Constitution)の変更になるため、単なる選挙法や国会法の改正にとどまる問題でないことは確かであるが、立憲君主制の枠組みの中での国王権力の制限であることに変わりはない。
3.『最終報告』の要点
『最終報告』には、本文の後に改正の要点が82項目にわたって掲げられている。その中から、特に重要とか思われる点を拾い出し、まとめてみたい。
ⅰ)国王の任意の法律への同意権、および任意の国会解散権は、削除されたり修正されるべきでない。
ⅰ)枢密院議員は、国会に議席を有しない。枢密院議員が貴族議員または人民代表議員に選出されたときは、枢密院議員の議席を喪失する。
ⅱ)司法長官の職は、憲法上の公職であり、その独立が保障される。
ⅳ)国王は、選挙選出議員の総議員の3分の2以上による議長解職請求を受理したとき、議長を解任し、別の貴族代表を議長に任命する。
ⅴ)憲法76条[貴族議員・人民代表議員の死亡または辞任に伴う補欠選挙]は、その議席を剥奪された代表に代わる議員を選出する補欠選挙が実施される場合を含むよう修正される。
ⅳ)選挙委員会は、選挙ならびに選挙期間中および選挙期間以外の立候補者の経費支出の規制および管理を行い、選挙結果の公示から2週間以内に、すべての立候補者がその選挙における当落にかかわらず、収支報告を提出することを要求する。
ⅱ)憲法は硬性憲法とし、いかなる改正も国会の総議員の3分の2の多数の賛成を必要とする。
4.今後の展望
12月11日には、2010年の11月に実施予定の総選挙に向けて王国選挙区画委員会(Royal Constituency Boundaries Commission)が設置され、2010年6月30日までに報告書が提出されることになっている。憲法改正草案と選挙日程の決定に注目したい。
憲法・選挙委員会は、枢密院が任命した次の5人の委員で組織されている。委員長ゴードン・ワード(Honorable Justice Gordon Ward)[前トンガ首席裁判官・内閣推薦]、エキ・ノペレ・バエア(Noble ‘Eki Nopele Vaea)[貴族議員推薦]、シティベニ・ハラプア(Dr Sitiveni Halapua)[人民代表議員推薦]、アナ・マウイ・タウフェウルンガキ(Dr ‘Ana Maui Taufe’ulungaki)[司法業務委員会推薦]、シオネ・ツイタヴァケ・フォヌア(Sione Tu’itavake Fonua)[司法業務委員会推薦]。