2011年マーシャル総選挙にみる議会勢力構図の変容
~階級対立から地域対立へ~
研究員 黒崎岳大(くろさき たけひろ)
1.はじめに
クリストファー・ロヤックは、マーシャル諸島の「古都」ともいえるアイリンラプラプ環礁から選出された国会議員歴25年を超えるベテランである。これまで、アマタ・カブア政権下で法相や公共事業相、教育相を歴任し、初期トメイン政権下でも大統領補佐大臣を務めた。また、クワジェリン環礁の土地所有者の一人として、クワジェリン米軍基地問題に対しては代表団の筆頭として米国・マーシャルの両政府と交渉を行ってきた人物でもある。
まず、ゼドケア政権時代の運営を振り返りながら、総選挙に至るまでの3つの大きな課題、すなわち米軍クワジェリン基地の土地使用協定をめぐる土地所有者との交渉、核実験被害者への追加補償をめぐる米国との交渉、国内の景気停滞に伴う米国への移民の増加とその受け入れ先であるハワイ州との対立、についての政府の取り組みについて記述していく。次に2011年総選挙の選挙結果の分析を通じて読み取れる4つの特徴を示し、それぞれが選挙結果にどのように影響したかについて明らかにしていく。以上の選挙分析をもとに、新たに成立したロヤック政権が取り組んでいく今後の課題についても考察したい。
2.ゼドケア大統領による政権運営
このように、当初は強いリーダーシップを期待されたゼドケア政権であったが、実際には各大臣に政権運営を任せる中で、むしろジャックリック議長の積極的な行動ばかりが目立ってしまい、かえって「不安定な政権」という印象を国会内外に意識させることになってしまった。
ゼドケア大統領もこの問題の重要性を認識し、就任後すぐクワジェリンを訪問し、土地所有者と基地の土地問題をめぐる初会合を実施した。土地所有者側からは、イマタ・カブア(Imata Kabua)元大統領、クリストファー・ロヤック代理人代表、デブルム代理人副代表が参加し、土地所有協定に向けた計画案とクワジェリン環礁開発局の新理事会メンバーの政府による承認を求める書簡を作成して、大統領に手交した。
【イマタ・カブア(左)アンチュア・ロヤック両首長】
この調印に向けた交渉過程の中で、ロヤック議員やデブルム議員は調停に向けた協議を前進させるべく、土地所有者及びイバイ住民と膝を突き合わせて何度も話し合った。こうしたAKAメンバーたちの草の根的な活動がクワジェリンを中心としたラリック列島の住民たちに強いリーダーシップを感じさせ、結果として政治的支持を得ることになった。
以上は、必ずしもゼドケア政権の問題ではなかったが、国民にとってはゼドケア政権が同問題に対して当事者意識が薄いという印象を与える原因になってしまった。
このことは、移住者を受け入れる米国側にも大きな負担となっている。とりわけ、マーシャル移民の玄関口の役割を果たしているハワイ州においては、就学目的できた子どもたちの教育費や重度の糖尿病などの健康問題を抱える移民への保険料負担などが極めて大きい。その金額は、2003年の改訂自由連合協定交渉時に予定していた総額30百万米ドルをはるかに超えると懸念されている(20)。また、移住者の増加は州にとっての経済負担のみならず、犯罪増加にもつながっている。2006年以降のハワイ州での犯罪件数の推移を見ると、自由連合協定国(ミクロネシア連邦・パラオ・マーシャル諸島)出身者の数は5年間で2倍となっている(表1)。
こうした米国政府の厳しい姿勢をマーシャル人たちも敏感に感じとり、これがまたマーシャル政府の経済運営への非難へとつながった。
3.2011年総選挙から大統領選出まで
1月3日の大統領選出投票では、ゼドケア大統領とロヤック議員の「東西対決」となり、無所属議員のほぼ全員の支持を得たロヤックが3分の2に迫る投票数で選出された。
4.選挙分析からみた2011年選挙
ここでは2011年の総選挙の結果を分析し、今回の総選挙で有権者がどのような意思を示したのかについて考察していく。
(1)一年前から予想された激戦区
今回の選挙動向の行方は、既に1年前の2010年末から始まっていた。マーシャルでは、憲法規定にはあるものの、これまで議会の解散は行われたことはなく、その結果4年ごとの11月の第3火曜日に投票が行われている。そのため、有権者は、前年の12月末日までに自らが投票する選挙区を選挙管理委員会に登録しなくてはならない。有権者が登録できるのは現在の住居地か、自らが土地の所有権をもっている選挙区であるため、通常の住民は複数の投票可能な選挙区を持っている。その中で、翌年の投票選挙区を自ら決める。その際に重要となるのは、立候補予定者の動向である。激戦が予想される選挙区の候補者は、支持者に自らの選挙区に有権者登録することを求め、有権者も支持する候補者のいる選挙区に登録をする。その結果、前回の有権者登録数に比べて、急激に登録者数が増えた選挙区は、実際の総選挙でも激戦が予想される。
その一方で、今回登録者数が減少したエボンとウォッソの両選挙区は、早い段階で当選が決まってしまうほど現職議員が強い選挙区で、とりわけウォッソ選挙区はデイヴィッド・カブア(David Kabua)議員の無投票当選となった。
2011年の総選挙の投票率は51%。これは前回の2007年の総選挙(推定65%)と比べてもかなり低く、過去の総選挙の中でも最も低い数字となった。この結果は、当初予想されていた女性議員の拡大には非常にマイナスに働いた。
表3 2011年総選挙による各選挙区ごとの投票率および得票率
過去の総選挙では33議席の内、女性議員は2人以上になることはなく、これまでに当選した女性は1979年から1995年まで議員をつとめたエベリン・カヌー(Evelin Konou)、1999年・2003年のアバッカ・アンジャイン(Abacca Anjain)(ロンゲラップ選挙区)、2007年のアメンタ・マシュー(ウトリック選挙区)の3人しかいない(表4)。
今回の総選挙でも実際の投票に際しては、父長である男性の影響力が強く反映していた。また、若者層を中心とした新しい文化の影響を受けた層の投票率は伸び悩んだ。
ところが、今回の総選挙では4人の元職が復活した(表5)。その内3人が大臣経験者である。ムラー国連大使は、小島嶼国の国連大使の中で環境問題におけるリーダーとしての役割を果たし、カブア駐日大使もマーシャルの有力ドナー国の一つである日本との間で経済や経済協力の橋渡し役として活躍してきた。またヤマムラ元内務大臣も選挙区のウトリックの核実験被害補償団の代表として米国政府と交渉を手掛けるなど、いずれも先進国との間で交渉を実践してきた人物ばかりだった。
2011年総選挙の投票率が低かったことは、伝統的な支持基盤を持つ現職や元職に有利に働いたと言えるだろう。一方で、ここ数年の総選挙で当選してきた新人議員を中心としてできた政権が、米軍基地や被曝補償などの重要案件で十分な成果を果せなかったというニューリーダーへの期待はずれ感があった。ベテラン議員たちに対しては汚職などの問題が懸念されるもののアマタ・カブア政権下でエリート高級官僚として活躍し、その後国政に転じてからも大臣として先進国との外交を手掛けてきた人たちが多い。そうした彼らの能力を期待したものと捉えることもできるだろう。
さらに、不在者投票と郵便投票の両方の影響がはっきりと表れた選挙区がアルノ選挙区である(表8)。アルノは、国内で3つしかない2議席が選ばれる複数区であり、今回の選挙戦では現職のニーダル・ロラック(Nidel Lorak)教育大臣、ザキオス国会副議長に対して、カブア駐日大使とチュチュアリック・アントン(Jejewarik Anton)現アルノ市長が立候補した大激戦区となった。通常投票の開票結果の段階では、現職の市長であるアントンと、アルノ環礁の中心地であるイネ地域を地盤とするザキオスが1位、2位を占めていたが、不在者投票が開き始めると、カブアが2位にまで追い上げた。さらに郵便投票が開くと、それまで4位だったロラックが76票という大量得票を得て1位になり、郵便投票でも2位となったカブアがそれに続いた。この結果、不在者投票と郵便投票で大量得票を得た現職のロラックと、元職のカブアが当選した。
以上の不在者投票及び郵便投票の結果からも明らかなように、国内の都市化や米国への移住によるグローバル化は、少なからず伝統的な地縁関係に基づく従来の投票動向に影響を与えている。都市化が著しいメラネシア諸国や豪州NZ、米国への移住が政治経済に強く影響を与えるポリネシア諸国などの他の大洋州島嶼国と比較して、伝統的な地縁関係がいまだに大きなウエイトを占めているマーシャル諸島であっても、その傾向は徐々に変化していることが選挙分析にもはっきりとあらわれている。
5.考察:2011年総選挙の意義とロヤック政権の課題
ただし、これは東西の伝統的首長間の対立とはいえない。それより、今回ロヤック大統領を誕生させたノート派や無所属議員の多くが、比較的過疎化の進む離島地域を選挙区としていた点に注目すべきだろう。表9が示すように、この10年間で、離島地域の人口は16%減少し、首都マジュロへの人口の集中が進んだ。議会の民主化を訴えてきた旧UDP政権は、首都マジュロを中心とする政策を進めたため、この間、離島地域の開発や核実験補償問題などの地方が抱える諸課題はほとんど進展しなかった。今回の政権交代はマジュロ一極集中の政策に対する離島地域からの批判の意味が込められていたとみるべきだろう。
一方で、2011年の選挙では女性候補が苦戦するなど、先進国で見られるような多様な価値観を持った代表を議会に送り込むという段階には至らなかった。有権者登録などを通じて女性の政治参加の機会拡大は少しずつ進んでいるとはいえ、まだまだ国の行方を決定するような政治の世界は男性のものという意識は強く、そのことが投票行動にも深く影響したと推測される。とはいえ、今回の選挙結果は、伝統的価値観が重視される段階から、多様な価値観を考慮した政治の本格的な民主化へと進む上での過渡期として位置づけることもできるだろう。
さて、1月17日、ロヤック大統領は組閣を実施した(表10)。新たな閣僚の顔ぶれを見ると、デブルムを大統領補佐大臣に指名し、国連大使として活躍してきたムラーを外相に選出した。また多くの大臣たちが、アマタ・カブアやイマタ・カブア政権時代の閣僚や次官経験者で、実務職の強い内閣を作り上げたように感じられる。
一方で、今後4年間という中長期的な視野に立った場合には、米国政府との関係について注意を払う必要があるだろう。過去のAKAを中心とした政権では、米国との外交姿勢は是々非々の対応で、必ずしも蜜月な関係ではなかった。ゆえに核実験被害補償問題やマーシャル人移住者への制限問題に対しては、米国の対応について厳しい交渉を実施していくものと思われる。こうしたロヤック政権に対して、米国政府もここ一年程度は自国の大統領選挙の行方もあって目立った動きは示さないのではないか。ただし、表11が示すように、米国との自由連合協定に伴う経済支援は毎年70百万米ドルに及び、同国予算の65%にも及ぶ。そのためマーシャル政府の対応いかんによっては、経済支援策の引き締めなど現政権に対して強硬な姿勢を示しつつ、さらにマーシャル議会の野党勢力や、場合によってはノート派や無所属議員に働きかけを行うなどして、水面下でのマーシャル政治への介入を行うことも考えられる。
参考資料:2011年総選挙結果に基づく議会内勢力図