巻頭言
高まる期待 首相の島嶼国訪問
第二次安倍政権が誕生して1年余、その間の日本を取り巻く対外関係は、民主党政権で顕著だった停滞模様に比べて、明らかにダイナミックな動きを見せている。これは、安倍首相による精力的な外交活動の結果だと言えるだろう。だが一方で、中国、韓国との首脳会談が未だ実現していないことやTPP交渉が必ずしも順調でないといった懸念要素も少なからず指摘されている。だが、これらは外交行為を展開する中で生じている途中経過における現象なのであって、本質的な議論を抜きにして、その時々の局面ごとにプラス/マイナスの評価を下すべきではない。こうしたマスメディア的な見方ばかりに翻弄されていると、本来やるべき事項が見えなくなってしまうからだ。
それにしても、これだけ頻繁に外国訪問を重ねる首相を見ていると、今年あたりは太平洋島嶼諸国の何処かに行ってくれるのではないか、との期待が高まる。なにしろ、1985年に当時の中曽根康弘首相がフィジー経由でパプアニューギニアを訪問して以来、島嶼国を訪問した首相はいないのだから。
こんな期待を先取りしたのが、昨年12月31日付け産経新聞の一面記事だった。「首相 南太平洋の島国歴訪へ」という大見出しで、首相が「島国を歴訪する方針を固めた」とあった。だがよく読めば、官邸の発表なのか外務省筋の話なのか、何処にもその記述がなく、他紙にはない産経だけのニュースだったから、政府の正式発表に基づく記事ではなかったのだろう。案の定、正月明けに外務省にも確かめたが、「まだ具体的には何も決まっていない」との返事で、どうやらこちらの方が本当らしく思える。
しかし、全く火のないところに、煙が立ったわけでもないのだろう。実際に、外務省の地域課には、首相の島嶼国訪問を実現させたいとの強い思いがあるし、官邸周辺からも「夏にはパプアニューギニア訪問」とか「7月のPIF年次会議に絡めてパラオに行く」といった極めて具体的な話が聞こえてくるのも事実なのだ。この1年間に、ミクロネシア3国の大統領とPNGのオニール首相の4名が安倍首相と個別会談したが、そのつどの島嶼国訪問要請に強い関心を示していたらしい。こうした事情を鑑みれば、29年ぶりに日本の首相が島国を訪問する日がそう遠からず来ると考えても、それほど的外れではないと思う。
そうなれば、大変喜ばしい。だが一方で、とても気がかりなのは、昨年10月の中間閣僚会合において、「日本がPIFの正式メンバーになる用意がある」といった趣旨の表明があったことだ。日本が本当にPIFに加盟する気があるのか、それとも、島嶼地域との関わり方について、中国をはじめとする周辺大国を牽制する意図からの政治的発言なのか。はたまた、日本の島嶼諸国へのさらなる接近表明に、伝統的な関与先進国や中国が如何なる反応を示すのかを見るアドバルーンだったのか。私はいろいろ考えてもみたし、政府関係者に聞いてみたが、実際のところ政府の意図が何処にあるのか、さっぱり分らない。
なにしろPIFに加盟するには、年次総会に首相が毎年出席する覚悟がなければならない。なぜなら、この組織は地域国際機関の機能も果たしているが、本来は「首脳会議」なので、正式加盟国であれば、毎年政務官クラスを送ってお茶を濁すわけにはいかないのだ。日本が加盟できたとして、議長国になれるのは17年に一度。ならば、3年ごとに日本が主催している「太平洋・島サミット」との整合性はどうなるのか ? また、PIFを資格停止になっているフィジーとの関係は? PIFとは別に台頭しつつあるサブ・リージョナルな活動単位との関係性をどう整理するのか・・・・等々、きっちりと詰めなければならない課題が山積しているのである。
また、周辺国への牽制や反応を確かめるためのアドバルーンだとすれば、なにより島嶼国政府に日本の発言意図がしっかりと伝わるよう、説明する必要がある。これなくば、日本を信頼して期待をかけた島嶼国を裏切ることになってしまう。だが、少なくとも現時点では、外交対話による意思の伝達がきちんとできているとは思えない。そう感じるのは、このところ、民間人の私ごときに日本政府の考えを尋ねにくる太平洋人が少なくないからだ。
日本のPIF加盟が実現すれば、半世紀以上続いてきた伝統的な島嶼地域の国際関係図がリセットされる。域内先進国の豪州とNZが、この問題をめぐってとりわけ敏感に反応しているのは、そのせいだろう。
安倍総理の太平洋訪問は、是非とも実現させて欲しい。しかしそれには、正確な太平洋認識に基づいた日本の政策意図が、しっかり伝わる外交的根回しができていなければならない。これなくして、ODAのお土産持参だけの訪問で終われば、太平洋における日本のプレゼンス維持に貢献しないばかりか、島嶼諸国の失望を招き、結果として、ようやく島嶼国訪問を果たした日本の総理に恥をかかせることになりかねないからだ。(小林 泉)