オーストラリアの対フィジー政策の方向性:民主化プロセスへの介入を巡って
大阪学院大学准教授 畝川憲之 (せがわ のりゆき)
はじめに
2006年12月、フィジーのバイニマラマ国軍司令官が軍事クーデターを実行し、ガラセ首相を追放した。このクーデター以来現在に至るまで、フィジーではバイニマラマを(暫定)首相とする軍事政権が続いている(1)。フィジーの軍事政権に対して、オーストラリアをはじめとする国際社会は強い批判を表明し、また早期の選挙の実施(民政復帰)を実現するよう様々な制裁を加えている。ただし、近年、フィジーへの圧力を緩和させる国際的な動きが見られ、またオーストラリアのLowy Instituteはフィジーに対する強硬政策からの転換をオーストラリア政府に提案するレポートを出している。本論では、Lowy Instituteから出された2つのレポート(オーストラリアの対フィジー政策の転換を提案するもの(2)、フィジー国民に対して実施されたアンケート調査の結果をまとめたもの(3)を概観し、オーストラリアの対フィジー政策の方向性を考察する。
1、対フィジー政策とその問題点
このようにオーストラリアの対フィジー政策の失敗は、オーストラリアの国益を大きく損なう恐れのある問題を生み出している。現在、オーストラリア政府は、フィジーの民主化へ向けての道筋を失い、対フィジー政策において行き詰っていると言えよう。
2、対フィジー政策の転換へ向けて:Lowy Instituteの提案
フィジー政府は有能な公務員が不足している状況にあり、既にフィジーの公務員はオーストラリアにおいて様々なトレーニングを受け、リーダーシップコースなどにも参加している。これに加えて、フィジーの公務員をキャンベラにある各々の専門部署に短期間配置するなど、彼らのトレーニングに関する援助の枠組みを広げる(36)。これは、フィジーの公務員の能力開発だけでなく、友好関係の構築にも役立つと考えられる。そして、こうした繋がりは、フィジーの民主化への移行を促す効果が期待でき、また将来の主要官僚との強固な関係性を築くための手段ともなりえる。
オーストラリア政府からの反対がなければ、フィジーの太平洋諸島経済緊密化協定の拡大交渉(PACER Plus)への参加が進められる。これは、フィジーの官僚がオーストラリアだけでなく太平洋島嶼地域とのつながりを再構築するための機会を与えるものである。
3、民主化へのフィジー国民の考え
こうした結果を考えると、バイニマラマが民政復帰に向けてそれほど進んでいないということは、政府評価において大きな比重を持っていないようである。実際、西欧型の民主主義がフィジーにとってもっとも好ましい政治体制であると考えている人は53%にとどまっている(50)。しかし、民主主義の基本要素である人権に関わるもの、特に表現の自由、投票権、公正な裁判を受ける権利、メディアの検閲からの自由などは、ほぼすべての人が重要であるとしている(51)。つまり、選挙の実施や新憲法の起草が示すような、制度および統治システムとしての民主主義への回帰、民政復帰は、フィジー国民にとっての重要事項ではないと解釈できる。また、68%の人々が軍事政権を容認している(52)ように、フィジー国民は民政復帰を特に望んでいるわけではない(53)。フィジー国民は、統治システムに関係なくクーデターの起きない安定した社会の実現を望んでいるようである。
おわりに
(2) Hayward-Jones Jenny, Policy Overboard: Australia’s Increasingly Costly Fiji Drift.
http://www.lowyinstitute.org/Publication.asp?pid=1571 (accessed on 27 November 2011).
(3) Hayward-Jones Jenny, Fiji at Home and in the World: Public Opinion and Foreign Policy.
http://www.lowyinstitute.org/Publication.asp?pid=1690 (accessed on 27 November 2011).
(4) クーデターの当事者及び支持者、フィジー国軍(RFMF)の幹部(准将及びそれ以上)とその家族、RFMFの軍人(家族は含まない)、フィジー暫定政権の閣僚とその家族、上級公務員、政府及び準政府機関の委員会の被任命者。
http://www.dfat.gov.au/un/unsc_sanctions/fiji.html (accessed on 15 December 2011).
(5) ただし、オーストラリアはフィジーに対して経済制裁を取っていないため、オーストラリア企業はフィジーで操業を続けている。また、オーストラリア人のフィジーへの渡航制限は取られていないため、2010年には過去最多の約32万人のオーストラリア人がフィジーを訪れている(過去数年間は20万人前後で推移)。これらは、フィジー経済にとっての命綱となっている。
(6) Policy Overboard, 3.
(7) Ibid., 4.
(8) 2009年に選挙を実施するという約束を、バイニマラマが実行に移さなかったため。
(9) 2010年の選挙実施へ向けて話し合いを持つという約束を実行しなかったため。
(10) Policy Overboard, 7.
(11) ラッド政権以降、国連やNATOなどの大きな国際協議体において意見や利益を強く主張すること、そして安保理の非常任理事国の席を獲得することを目指すというオーストラリアの活発な外交戦略。
http://newmatilda.com/2008/04/02/mr-rudd-goes-washington (accessed on 15 December 2011).
(12) Policy Overboard, 8.
(13) Ibid., 5.
(14) ニュージーランド、アメリカ、イギリス、EU、日本なども、クーデターを強く批判し、早期の民政復帰を要求している。
(15) Policy Overboard, 5.
(16) Ibid., 5.
(17) Ibid., 5.
(18) Ibid., 6.
(19) Ibid., 6.
(20) Ibid., 5.
(21) Ibid., 7.
(22) Ibid., 9.
(23) Ibid., 9.
(24) Ibid., 8.
(25) Ibid., 9-10.
(26) Ibid., 10.
(27) Ibid., 10.
(28) Ibid., 10.
(29) Ibid., 11.
(30) この連合は、ニュージーランド、アメリカ、EU、日本のような伝統的友好国と、インド、インドネシア、マレーシア、韓国、パプアニューギニアのような非伝統的友好国から形成されるべきである。
(31) フィジー政府による提案の受け入れ拒否は、国際社会からの反バイニマラマの動きを強め、そして将来の民主化やフィジーの国際協調に対するバイニマラマの責任の欠如を示すことになるため。
(32) Policy Overboard, 11.
(33) Ibid., 11.
(34) Ibid., 11.
(35) Ibid., 11-3.
(36) 既に民間セクター、特に銀行やホテルでは、フィジーの従業員がオーストラリアにある系列やグループで短期間のトレーニングを行っている。
(37) 2011年8月19~21日に実施された。サンプル数は1032。
(38) Fiji at Home and in the World, 4.
(39) 他国に対する重要性を強く認識する割合は、ニュージーランド72%、アメリカ67%、イギリス66%、日本62%、中国60%インド58%となっている。また、好意的な印象を持つ割合は、ニュージーランド72%、アメリカ72%、イギリス68%、中国64%、日本63%、インド62%となっている。
(40) Fiji at Home and in the World, 7.
(41) Ibid., 6.
これに対して、オーストラリア国内では、56%の人々が制裁の維持を求め、16%はより強い制裁の発動を求めている。
(42) Ibid.,6.
(43) Ibid., 7.
(44) 83%もの人々が、フィジーの民政復帰はフィジーの問題であり、フィジー人によって決定されるべきであると主張している。
(45) Fiji at Home and in the World, 11.
(46) Ibid., 9.
(47) Ibid., 11.
(48) Ibid., 9.
(49) Ibid., 9.
(50) Ibid., 10.
(51) Ibid., 13.
表現の自由は98%、投票権98%、公正な裁判を受ける権利98%、メディアの検閲からの自由96%の人々が重要であると考えている。
(52) Fiji at Home and in the World, 12.
(53) ただし、軍が将来的にも政治に大きな役割を持つことを支持する人々は53%にとどまっており、軍事政権の永続化は容認されているとは言い難い。