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2006年フィジー総選挙における投票行動の考察 -民族別2大政党への収斂-

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2006年フィジー総選挙における投票行動の考察
-民族別2大政党への収斂-

主任研究員  小 川 和 美(1)


はじめに

 2006年5月、フィジーでは任期満了を半年後に控えた3月27日に下院が解散され、5年ぶりの総選挙が行われ、与党SDLが辛勝、ガラセ首相が引き続き今後5年間フィジーの舵取りを行うことになった。本稿では、この総選挙における有権者の投票行動を1997年憲法に基づく過去2回の総選挙と比較し、今次総選挙結果に現れた特徴について論考する。

1.1999年総選挙と2001年総選挙

 2006年総選挙結果を分析する前に、まず現憲法の下で実施された過去2回の総選挙について簡単に振り返ってみたい(2)。
 1997年憲法に基づく最初の選挙は1999年5月に行われた。このときは、1997年憲法の制定を主導したランブカ首相率いるSVT(Soqosoqo ni Vakavulewa ni Taukei:フィジー人党) と、それに協力したインド系最大勢力のNFP(National Federation Party:国民連合党)が政策合意を締結して「与党側」として選挙戦に臨んだのに対し、インド系少数派政党であったFLP(Fiji Labour Party:労働党)が、フィジー系内にあって反ランブカ色を鮮明に打ち出していたFAP(Fijian Association Party:フィジー合同党)らと連携して対決した。結果は、インド系住民の圧倒的支持を集めたFLPがインド系議席を独占する歴史的勝利を収めた一方、フィジー系の票はいくつかの政党に分散し、各党が議席を分け合う形となった。そしてSVTは、フィジー系では最大得票数を獲得したものの、新たに導入された選択投票制(3)によってSVTを支持しない有権者から忌避された(優先順位を下位にされた)ことから、フィジー系議席とオープン議席(4)で当初(第一選択で)首位に立っていたSVT候補が逆転負けを喫する選挙区が続出、獲得議席は最小限に留まった。この傾向はFLPの獲得議席数にも反映し、FLPは第一位選択での得票率を上回る議席数を確保、単独で過半数を制する第一党となった。そして、FLPはフィジー系の反SVT各政党とともに連立を組んで組閣、同党党首のマヘンドラ・チョードリーがインド系初の首相に就任した。

 2000年のクーデターによってチョードリーが政権の座を追われ、代わって首相に指名されたガラセ率いる新党SDL(Soqosoqo Duavata Ni Lewenivanua:統一フィジー党)が国民の信を問うたのが2001年総選挙である。この選挙でもフィジー系勢力はいくつかの有力政党に分散し、フィジー系の票は割れた。一方インド系は団結してFLPを支持、1999年選挙同様、インド系議席は全議席をFLPが獲得した。しかしながら、クーデター事件から日も浅いこの時期、非FLP支持者はFLPが再び第一党になり新たな混乱を招くことを強く懸念、非FLP支持者からFLPは忌避された。そしてその結果、1999年にSVTが経験したのと同様に、FLPは第一選択で最大得票を得ていながら逆転負けを喫する選挙区が続出、これによりかろうじてSDLが第一党の座を確保した。SDLは他のフィジー系政党と連立を組んで過半数を確保する一方、複数政党内閣制(5)により入閣が要請されているFLPはこれに対決姿勢を示し、閣外にあって野党の役割を果たした。

2.2006年総選挙の結果

(1)民族別2大政党の誕生
 2006年5月に行われた総選挙の結果は、別表1の通りである(6)。一見してわかることは、今次総選挙では、SDLとFLPが「二大政党」となり、ほとんどの議席を獲得したことである。
 民族別選挙区の結果を見てみよう(表2~表6)。まずフィジー系議席は、過去2回と異なり、単一政党(SDL)がほぼ全議席を獲得するという結果になった。表2は、2006年総選挙におけるフィジー系議席の政党別第一選択の得票率を示したものだが、SDLは80.1%という驚異的な得票率を得ていることがわかる。これがいかにこれまで2回の選挙と傾向を異にするか、表7で、現行制度下で行われた3回の総選挙におけるフィジー系議席の政党別得票率(第一位選択)をまとめてみた。ここからも今回のSDL支持率の異常な高さが明瞭に見て取れるだろう。
 一方インド系は、過去2回同様、今回もFLPが全議席を獲得した(表3)。そして、インド系議席の得票率の推移は、インド系住民がますますFLPへの傾斜を強めていることを示している(表8)。FLPは、全インド系議席を手中に収めて政権を獲得した1999年選挙において65.6%だった得票率を、今回は実に81.5%まで伸ばしている。これに対して、かつてはインド系の広範な支持を集めていたNFPは、それぞれ32.0%、22.1%、14.1%と回を追うごとに得票率を減らしてきているのである。NFPはインド系社会の中で完全に少数派に転落したとみていいだろう(7)。
 こうしてそれぞれの民族別議席では、両民族を代表する形でSDLとFLPが圧倒的な支持を集め、全議席すべて第一位選択で圧倒的大差で当選者が決まる、「接戦すらない」結果を導いた。過去2回の選挙に於いて、インド系は一貫して圧倒的にFLPを支持していたのに対して、フィジー系は様々な有力政党が組織され、その結果フィジー系政党は獲得議席を分け合ってきたのだが、こうした傾向から脱却し、フィジー系もひとつの政党に票を集中させる傾向を見せたことが、2006年総選挙の大きな特徴であった。

 ところで、この2大「民族代表政党」はまた、それぞれ他民族の民族別選挙区でも候補者を擁立した。FLPは15のフィジー系選挙区で、SDLは18インド系選挙区で候補者を立てたのである。しかしながら、結果はフィジー系選挙区でのFLP得票率は6.7%、インド系選挙区におけるSDL得票率はわずか2.0%にしか過ぎなかった(8)。もともと民族政党ではなく階級政党として出発し存在しているFLPのフィジー系内の支持率は、決して無視できる割合ではないが、それでも一桁台の支持率に留まっている。この点からも、フィジーの2大政党は、ほぼ「民族代表政党」の色分けになっていることが窺えるだろう。

(2)逆転当選の激減

 過去2回の選挙では、それぞれSVT、FLPが支持者以外に忌避され、選択順位を下位とされたことで、第一位選択でトップとなりながらも過半数を獲得できなかったこれら政党の候補者が、多くの選挙区で逆転され落選するという現象が発生した。ところが、今回の選挙では、第一位選択で過半数に達しなくても、ほとんどの首位候補者がそのまま当選に到り、逆転が発生したのはわずか2選挙区のみであった(表9)。

まとめ

 以上分析してきたように、今回の選挙に於いては、選択投票制という制度がもたらす「忌避された政党/候補者が敗北する」という過去2回にみられた現象がほとんど生じず、インド系、フィジー系それぞれで8割の支持を集めた2大政党が順当に議席を伸ばすという結果となった。そして、それぞれの民族の「浮動票」たる各2割の有権者の投票動向、及び一般有権者らの投票動向によって、オープン議席における獲得議席数に若干の変動がもたらされた。そして、一部には政権党たるSDLを忌避する動きはあったものの、何とかSDLが単独過半数を確保したのである。恐らく、微妙なバランスの上で引き続きSDLが政権を維持することは、これまでフィジーで繰り返されてきた「不測の事態」の可能性を減じ、かつフィジー系の民族主義的な風潮を牽制する上では、最良の結果だったといえよう。その後のフィジーの政局は、FLPの入閣、FLP内紛と続いており、依然波乱含みではあるが、それは選挙の制度及び結果とはまた別の次元の政争、駆け引きである。
 他方、民族別2大政党化は、翻ってみるに約20年前に労働党が階級政党としてフィジー政治に登場する以前の構造に逆戻りしてしまった感もある。「民族」が中心ファクターだったフィジー政治の基本構造は、労働党が登場した1980年代後半以降大きく様変わりし、その後、階級や地域といった多面的な政治ファクターが様々な形で表出していた。しかし、インド系が労働党の旗の下に結集した1999年以降、フィジー系もそれに対抗してSDLに収斂する方向に転じ、そのひとつの最終形として今回の選挙結果があると思われる。

 むろん、再び両民族内で政治分化が起こり、かつ民族横断的な政党が登場する可能性は今後もあり続けるだろう。しかし、1997年憲法制定以来約10年間のフィジー政治は、同憲法が標榜した民族融和という目標(9)とはほど遠い状況の中で推移し、そして今回の選挙結果を見る限り、その目標は当時よりも遙かに彼方に遠ざかってしまったというのが、率直なところではないかと思われる。

表1 2006年総選挙結果
選挙区
/政党
民族別議席 Open
議席
TOTAL
Fijian Indian Rotuman General
SDL  23  13  36 
FLP  19  12  31 
UPP   2   2  
無所属   1   1   1   1  
合 計  23  19  25   3   1 71  

表2.フィジー系議席 第一位選択得票数

表3 インド系議席 第一位選択得票数
(太字が当選者)
選挙区\政党 FLP NFP NAPF SDL 無所属 COIN JFP
#27 Vitilevu E./Malitime 4,744 946 162 200
#28 Tavua 5,707 1,329 144
#29 Ba East 4,956 1,874 34
#30 Ba West 7,229 870 180
#31 Lautoka Rural 6,832 1,643 125 252
#32 Lautoka City 7,629 1,590 172 158
#33 Vuda 7,131 748 155 330 14
#34 Nadi Urban 8,108 2,151 266 135
#35 Nadi Rural 6,825 2,528 138
#36 Nadroga 7,219 1,215 474
#37 Viti Levu South/Kadavu 5,575 877 143 205
#38 Suva City 7,660 1,675 405 147 20
#39 Vanua Levu West 4,886 708 983 48
#40 Laucala 13,133 828 504 203 18
#41 Nasinu 10,940 615 250 231
#42 Tailevu/Rewa 8,058 967 144 126
#43 Labasa 6,813 1,137 147
#44Labasa Rural 5,279 930 139
#45 Macuata East/Cakaudrove 5,298 623 350 81
FLP NFP NAPF SDL 無所属 COIN JFP
合計得票数 134,022 23,254 3,370 3,326 349 20 18
得票率 81.5% 14.1% 2.1% 2.0% 0.2% 0.0% 0.0%
獲得議席数 19 0 0 0 0 0 0
(参考)単純得票数の場合 19 0 0 0 0 0 0
(参考)比例配分(ドント方式) 17 2 0 0 0 0 0
表4 ロトゥマ系議席 第一選択得票数
(太字が当選者)
無所属 UPP SDL NAPF
#46 Rotuma 3,132 532 526 245
得票率 70.6% 12.0% 11.9% 5.5%
獲得議席数 1 0 0 0
(参考)単純得票数の場合 1 0 0 0
(参考)比例配分(ドント方式) 1 0 0 0
表5 一般有権者(その他の民族)議席 第一選択得票数
(太字が当選者)
UPP SDL 無所属 NAPF FLP NFP
#24 Suva 1,458 702 510 60
#25 North/East 528 1,467 986 289 383
#26 West/Central 2,234 1,705 487
合計得票数 4,220 3,874 1,496 776 383 60
得票率 39.0% 35.8% 13.8% 7.2% 3.5% 0.6%
獲得議席数 2 0 1 0 0 0
(参考)単純得票数の場合 2 1 0 0 0 0
(参考)比例配分(ドント方式) 2 1 0 0 0 0

表6 オープン議席(非民族別議席) 第一位選択得票数

表7 過去3選挙のフィジー系議席の政党別得票数(第一位選択得票数)
年\政党 SVT SDL MV FAP PANU VLV NVTLP FLP 無所属 その他
1999年 37.9% 18.1% 9.5% 19.3% 9.1% 1.9% 3.1% 1.0%
2001年 8.6% 50.1% 20.2% 2.1% 2.9% 0.2% 1.4% 2.3% 2.4% 9.8%
2006年 80.1% 2.0% 1.1% 6.7% 6.4% 3.7%
表8 過去3選挙のインド系議席の政党別得票数(第一位選択得票数)
FLP NFP その他
1999年 65.6% 32.0% 2.4%
2001年 74.6% 22.1% 3.3%
2006年 81.5% 14.1% 4.4%
表9 選択投票制度により逆転当選が発生した選挙区の数
選挙区
政党
民族別議席 Open
議席
TOTAL
Fijian Indian Rotuman General
1999年   9   2   4  15
2001年   2         8   10 
2006年      1   1   2  

(1)筆者は現在JICAの派遣によりソロモン諸島国家計画・援助調整省に勤務しているが、本稿は、JICA及びソロモン諸島政府の立場・見解とは一切関係のないことを予めお断りしておく。
(2)1999年及び2001年総選挙の結果の詳細な分析は、本誌掲載の拙稿「フィジー新政権成立の分析」(1999年、通巻112号)及び「2001年フィジー総選挙の分析:民意はどこにあったのか」(2001年、通巻119号)を参照願いたい。
(3)有権者は選挙区内の全立候補者に優先順位をつける。第一位選択で絶対多数を獲得した候補者がいないときには最小得票者を落選としてその票を優先順位に従って残りの候補者に振り分り、投票の過半数を獲得する候補者が出現するまでこれを繰り返す。本誌所収、東裕「フィジー諸島共和国の新選挙制度とその思想」(1999年、通巻112号)参照。
(4)フィジーでは、フィジー系、インド系、ロトゥマ系(ポリネシア系少数民族)、及びその他の一般有権者の4民族集団ごとに自己の帰属集団に1票、そして民族集団に関係なく設定された「OPEN議席」に1票を投じる。
(5)1997年フィジー憲法では、民族和解の手段として「複数政党内閣制」(multi-party Cabinet)が謳われている。これは、総議席の10%以上(=8議席以上)を獲得した政党から、その議席割合に応じて入閣させるべしという規定で、政権担当者は政策志向の異なる政党を閣内に取り込まなければならず、毎回組閣時に大きな問題になっている。ちなみに1999年選挙後には、SVTは入閣を拒否して野党に回り、今回の2006年選挙後はFLPが入閣を拒否しなかったため、大臣数が膨れあがった。
(6)本稿表1~9の基礎データは、フィジー選挙管理委員会のWebサイト(http://www.elections.gov.fj/)で公表された資料に基づいており、一部試算は筆者自身の集計による。
(7)NFPとFLPは過去3回ともすべてのインド系選挙区に候補者を擁立しているので、得票率と支持率はほぼ同義として扱って差し支えないものと考える。
(8)ちなみに候補者を擁立した選挙区を対象に、両党の得票率をそのまま平均すると、フィジー系選挙区でのFLP支持率は8.0%、インド系選挙区でのSDL支持率は2.1%となる。なお、表7を見ると、フィジー系のFLP支持率が前2回に比べて高まっているかに見えるが、これはFLPがフィジー系議席に立てた立候補者数が、前回の6選挙区から今回15選挙区へと2.5倍増したことに伴うものである。
(9)本稿では論考しないが、1997年憲法が定めた「複数政党内閣制」というシステムも、その意図に反し、ほとんど機能していないばかりか、政局を徒に混乱させるだけに陥っている。
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