フィジー・クーデター:チョードリー首相解任の憲法的問題点
(社)太平洋諸島地域研究所研究員 山桝加奈子(やまます かなこ)
初出:「パシフィック ウェイ」2000年夏号(通算115号)pp.36-43
1.はじめに
この事件をきっかけに、マラ大統領による非常事態を宣言、チョードリー首相の解任と内閣総辞職、マラ大統領からの権力移譲による軍の全権掌握(軍事クーデタ)、戒厳令の布告、暫定政権の誕生、マニカウ協定の締結による人質解放と武装集団の武装解除、そしてさらにはマニカウ協定違反によるスペイトと支持者グループの逮捕…と、まだフィジーの混乱は継続中である。
そこで、本稿では首相解任に対するこのオーストラリアの3人の専門家の法的評価を紹介し(*2)、若干の私見をつけ加えたい。
2.オーストラリアの法律家による法的評価
議院内閣制における元首の権力は一般に大きく制限されており、フィジー諸島憲法(1997年)にもその特徴が現れている。すなわち、議院内閣制においては行政権を行使するのは内閣(内閣総理大臣)であり、大統領は名目的・儀礼的な権限を行使するだけに限られている。つまり、独自の判断で首相を解任するといった権限は、本来議院内閣制における大統領の権限の中には見いだされないのである。今回の首相解任に対する批判の焦点は2点に絞られるが、そのうちの1点はまさしくこの点にある。それは大統領の留保権限の行使という問題である。そして第2点は、かつてのオーストラリアでの首相解任劇(1975年)が今回のフィジーの先例と言えるのかどうかということである。
首相の解任については、次のように109条が明確に定めており、それによれば大統領に首相の解任が許されるのは、政府が下院の信任を得られない場合、もしくは下院の信任を失った場合である。
「フィージーのようなウエストミンスター型内閣を持つコモンウエルス諸国で確立されたルールは、大統領は首相や大臣などの助言のもとに行動しなければならない、ということである。これはフィジー憲法96条1項に定められている。しかし、ある種の事情のもとでは大統領は政府の助言によらずに行動することを認められており、その場合、大統領は留保権限を行使するといわれる。もし、フィジーの首相が、留保権限の適切な行使によらずに大統領により解任されたとしたら、憲法と「法の支配」の侵害にあたる。これは109条1項に定められており、大統領は、政府が下院の信任を得られないかもしくは失ったとき、首相が辞任または下院を解散をしない場合でない限り、首相を解任してはならない。」
こうして、フィジー憲法では大統領が、内閣の助言なしに首相を解任できる場合は、「下院の信任を欠く場合」に限定されており、今回のケースはこの要件を満たしておらず、かつ内閣の助言もないため、明らかに憲法を逸脱した行為であると評価された。
結論を先にいえば、 オーストラリアのこの事例は、今回のフィジーの事件を合法化する先例にはなり得ない、ということになる。なぜなら、オーストラリアとフィジーでは憲法条文も状況も違っているからだ、とオーストラリアの研究者指摘している。
サンダース(Cheryl Saunders:メルボルン大学・比較憲法学)教授は、次のようにいう(*9)。
「フィジー憲法とは対照的に、オーストラリア憲法は、総督の諸権限が行使されるべき事項について、なにも言及していない。法律事項については、広範な権限を総督に与え、その権限行使の仕方は不文法に委ねている。首相の地位に関するオーストラリア憲法64条は、要するに、首相は『総督が望む間は政権につく』ということである。明らかに、これには慣習法の範囲と効果について議論の余地が残されている。フィジー憲法にはそのような条文はなく、そしてその状況はオーストラリアと比較できるものではない」。
そしてさらに、
「1975年に、首相が歳出予算案を上院で通すことができなかったため、総督は首相を解任した。このとき総督によって適用された原則は、首相は歳出を議会で承認されなければならないということであった。この定式は、政府の存立は下院の信任に依拠するという伝統的概念を拡張したものである。これは明らかに現下のフィジーの状況とは全く異なる」
と述べ、マラ大統領による首相解任の法的正当性に明白な疑問を呈している。
②政府が違法、または憲法違反の行為を行った場合。
このような場合に、総督は留保権力を行使して首相を解任できるが、75年の事件はこの2つの場合以外で総督が留保権力を行使して議会を解散した第3の場合である、と博士はいう。たとえ、75年の総督の行動が正しいとしても、この先例を根拠に緊急事態の時には総督によって首相は解任されうるということにはならず、単に予算案を成立させることができなかったときに首相を解任できるということを示唆するだけであるとして、一般的に適用される先例と見なすのは適切ではないとしている。
3.法的評価の意味と限界
ジョン・アプテッド(Jon Apted: 憲法専門家)は、フィジーTVのインタビューに次のように答えた(*11)。
フィジー憲法の下では大統領は首相を、首相自身が望んだ場合、または首相が議院の信任を失った 場合にのみ解任できる。現行憲法の下では、不信任決議がなされない限り、大統領は首相を解任することはできない。そうでなければ1987年に起きた2度のクーデタの後のように、憲法は無視され、新しい法に基づく政権が成立することになる」
と述べた。
(*1)クーデタの経過については、東 裕「フィジー・クーデターの推移」(『South Pacific』、南太平洋シリーズNo.231、社団法人日本・ 南太平洋経済交流協会) 参照。
(*2)Aust legal opinions on Fiji coup, http://pacificjokes.com/coup/news4/26.html, 26/5/2000, pp. 2-8.
(*3)Ibid., p.6.
(*4)Ibid., p.2.
(*5)今井威『議院内閣制』ブレーン出版、1991年、p.232.
(*6)前掲書、p.238.
(*7)前掲書、p.240.
(*8) 前掲書、p.239.
(*9)Ibid.,p.5.さらに、サンダーズ教授は、フィジー大統領が、首相が下院の信任を得ている状況において首相を解任することの問題点について、以下の関連条項を挙げる。96条2項(大統領が政府の助言なく独自の判断で行動してよい場合)、97条(政府は下院の信頼を得なければならないという政治原則)、108条(大統領が首相を解任できる場合)、109条(大統領は、首相が下院の信任を失わない限り首相を解任してはならない)、109条2項(首相の選挙管理暫定内閣の任命権)
(*10)Ibid., p.3.
(*11)Jon Apted’s interview, 25/5/2000,http://pacificjokes.com/coup/news3/26.htm.
(*12)東裕「『パシフィック・ウエイ』の本義と機能」、(「パシフィックウェイ」、第114号、p.24、)参照。