キリバスのPIF脱退
 現在、フィジーのスバで開催されている(7月11日~14日)第51回のPIF年次総会は、3年ぶりの対面式で、ミクロネシアのPIF離脱騒動がリセットされる記念すべき会合になるはずであった。ところが、開催直前にキリバス共和国からのPIF離脱宣言文書を受け取り、お祭り気分で盛り上がっていたスバ会議は、一気に冷や水をかけられたような雰囲気に変貌した。
 キリバスのマーマウ大統領がPIF脱退通知をプナ事務局長宛に送ったのは、7月9日。大統領は、2021年2月にミクロネシア大統領サミット(MPS)で合意し、ミクロネシア5ヵ国で脱退宣言したとおりを実行したと述べている。年次総会に出席せずに書簡で脱退通知をしたのは、総会開催期日がキリバスの独立記念日に重なり、重要な式典をないがしろにできなかったからだと説明した。
 この度の年次総会には、同じくミクロネシアのナウルとマーシャル諸島も欠席した。ナウルは、Covit-19の感染予防の観点から、マーシャルはPIF脱退宣言の撤回を決めた政府が有効な議会手続きを経ていなかったという理由かららしい。理由はともあれ、ミクロネシア5ヵ国のうち出席が2ヵ国だけでは、PIFの地域連帯強化のかけ声も心許ない。なぜこのような事態に陥ってしまったのか、ここに至る前段の状況を説明してみよう。

PIF分裂回避への動き
 ミクロネシア連邦(FSM)のパニュエロ大統領が「我々の太平洋に垂れ込めていた暗雲が、きれいに消えた」と晴れやかに宣言したのは、2022年6月初旬のことだった。2021年2月のミクロネシア5ヵ国によるPIF離脱宣言から1年数ヵ月、周辺諸国からの様々な慰留工作やPIFの組織改革案の検討が進められてきたが、フィジーのバイニマラマ首相が6月6日,7日の二日間にわたり主催したPIF慰留のための調整首脳会議により、基本合意が成立したからだった。これが、PIFの崩壊が回避されたかに見えた晴れやかな瞬間だったのである。
 この会議に参加したのは、ミクロネシアからはFSM大統領に加え、パラオのウィップス大統領とマーシャル諸島のジョン・シルク大統領特使の3名。慰留側は、フィジー首相の他にサモアとクック諸島の首相が参加した。
 ミクロネシア諸国は、この会合に先立つ首脳会合で、PIFに留まるとすれば幾つかの組織改革が必要だとして、改革案パッケージを作成していたのである。その改革内容とは、以下のごとくである。

 ①事務局長任期を5年とし、ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアの3つの地域から輪番制で選出することを制度化する。
 ②2名の副事務局長職を新設し、事務局長とは異なる地域から一人ずつ選出する。現在のPIF事務局に加え、サブリージョナル事務局を設置する。
③新たに太平洋委員会を創設し、その事務局をミクロネシアの何処かに設置し、3年任期のコミッショナーを選出する。コミッショナーはPIF業務について、各メンバー国首脳に直接報告する。

 ミクロネシア側は、この会合で以上の改革案を提示し、「全てが実行されるのであればプナ事務局長が任期満了までその職に留まることを容認し、PIF離脱宣言を撤回する」と告げた。これを受けた慰留側諸国は、「翌月に予定されている第51回PIF年次総会での正式決定に向けて準備する」と約束した。これが「スバ合意」である。
 パニュエル大統領は、「本日ここにいないナウル共和国も我々の考えと同様だと思われるし、キリバス共和国にも十分な理解が得られるだろう。これで太平洋島嶼地域の団結が維持される。喜ばしいことだ」と述べた。クック諸島のブラウン首相は、「これで、3年ぶりに対面式で開催されるPIF首脳会議は、従来に増して地域の結束が深まるだろう」と述べたのである。

マーマウ大統領の矜恃
では、分裂を避けたいとするパニュエロ大統領の調整に反してPIFからの離脱を通知したマーマウ大統領は、いかに考えているのか。彼は、2021年の2月にMPSで合意した内容から少しもぶれていない。
 「スバ合意に至る前にも後にも、この問題に関してMPSで具体的な議論をしていないし、FSMやパラオに離脱問題の交渉を一任した覚えもない。もちろん署名もしていない。そして、改革案パッケージを受け入れると言っても、紳士協定に基づくミクロネシア人の事務局長が実現しないのであれば、根本的解決にはならない。つまり、小国家の意見や利益が平等、対等に扱われないというメンバー諸国の姿勢にはなんら変化が見られないではないか。ならば我が国は、形ばかりの地域連帯組織に加盟している意味がない。」。マーマウ大統領は、このように言っているのである。確かに、彼の発言には、一点のぶれもない。
 これに対して、豪州やNZの首相は、太平洋地域の連帯は極めて重要で、PIFの一角が崩れるのは重大な地域的危機であるとし、あらためて地域連帯を呼びかけた。しかし、島嶼諸国の側からすれば、こうした豪・NZ首脳の発言は、なんとも白々しく感じるのではないか。なぜなら、そもそも分裂騒動のきっかけとなったPIF事務局選挙で、ミクロネシア候補を無視してポリネシア人のプナ氏に投票したのは、他ならぬ豪、NZだったのだから。投票結果は9対8だったから、豪、NZの2ヵ国が地域を纏める責任感を発揮していれば、そもそもミクロネシア諸国のPIF離脱問題は起きなかったのである。
 ともあれ、他のミクロネシア諸国が離脱宣言を撤回する中で、キリバス一国が当初の主張を貫き通す理由はどこにあるのか?これについては、裏に中国の存在があるのではないか?と解説するメディア報道が幾つもあるようだ。だが、いずれも根拠を示していない憶測的な見方ばかりである。確かに、2000年以降、中国による島嶼諸国への接近行動が年々活発化しているのは事実だが、島嶼国の判断を何でもかんでも中国の影響に結びつけてしまう昨今の地域情勢判断に、私は逆に危機感を持っている。中国と外交関係を樹立している国は、すなわちは中国寄り国家だと決めつけて良いのか?ならば、台湾と外交関係を有する14ヵ国以外は、日本も含めて皆中国寄りだということになってしまうだろう。 例えばキリバスは、自国の通用通貨が豪州ドル、英連邦に属する国家で、国家存立の法体系も英連邦の影響を受けながら、西側先進諸国からの援助を享受している。こうした様々な国益を全て投げ打って、中国に近づいていくとはとうてい思えない。
 なのになぜ、中国とも友好関係を築こうとしているのか、極小島嶼国の立場に立って考えねばならないのである。島嶼国の立場とは何か?この答えは、冷静になれば意外に簡単に理解できる。小さな島国が最も嫌うのは、主権独立国家としての尊厳を無視し、植民地時代の宗主国目線で接近する国々である。こうした島嶼国の心情を理解しない限り、太平洋島嶼諸国の国際行動を理解することはできない。太平洋の安全保障の観点から、島嶼諸国との関係が大事であると思うのであれば、まず島嶼国の実情を理解しなければならない。それがなければ、外交にせよ民間交流にせよ、旨くいくことはない。

2022年7月13日脱稿
 
小林 泉(太平洋協会理事長)